旦那編 marito 53:波の子守唄 Ninnananna dell'onda
前回:伝説と出会った。
もう日課となった “冒険者の集う街„ の南西側
今日もみんなで実力アップを目指す。まだまだ塔やダンジョンには届かない。
と思っていたのだが
インスタンスだな、とは分かるがいつもと違う青い渦に巻き込まれる。
生命の腕輪の効果音が鳴り響き、仮想画面に表示が現れる。
“インスタンス:波の子守唄„
どこまでも続く砂浜、潮騒がささやく。
波の音に混じり声が聞こえる。
私の子、どこ?
私の子を何処にやったの?
返して、返して
「何か変な状況じゃのぅ」
「ワイは、何度やってもインスタンスには慣れんわ!」
来たのは、はるっちとサブだけ?
“な~„ いや、ベスを忘れている訳じゃないよ。
「でも、何も起きないね」
「そうじゃのぅ、待っていても解決にはなりそうもないのぅ」
「近くを調査するしかないと思うんやが」
浜辺に沿って歩いて行くことにする。
ベス、砂浜だからって走り回らないで!
陸側に小さな漁村がある。
長老みたいな人に話を聞く。
「あんたたち、どこから来なさった?」
何か奇妙な声が聞こえるという話があったので調査に来た。ということにした。
「この近くに居ると、子供が攫われてしまうのじゃ」
長老さんはぽつぽつと話をしてくれる。
「この辺りでは良くあるのじゃ、子を亡くした女の亡霊が、自分の子欲しさに攫って行ってしまうのじゃ」
「そうですか、そんなにたくさん?」
「そのとおりじゃ、そちらのお嬢さんも気を付けた方が良かろう」
はるっちは見掛けが幼いので気を遣って貰えたようです。
笑って流していました。
「拙は、見掛けは若いからのぅ」
「そうやな。見掛けだけは……」
「何か言いたげじゃの?」
「はるっちさん、角は止めてや!」
はるっちの和本が擦り切れなければいいけど。
長老さんから、出来得れば討伐してかまわないとのお言葉を頂き、夜刻になってから浜辺に出る。
海上に棚引く雲間から望月が顔を覗かせる。
どれくらい時が経ったのか、海を渡る風に乗せて声が聞こえる。
私の子
私の子を返して
「聞こえる?」
「ワイにも聞こえるな」
私の子供がいなくなったの
探しても探しても見つからないの
「サブやん」
サブの生命の腕輪から軽い起動音が聞こえ、幻影が現れる。
「腕輪はん、どしたんや?」
「少し待ってね。話をしてみる」
「大丈夫かや?」
「心配しないで、いつも優しいサブやん……」
幻影は、ふわふわと海上に向かう。あぁ見えても結構移動は速いのかも
急に黒雲が沸き上がり、雷鳴が轟く。
「腕輪はん!」
海流が渦を巻き、その中から女の姿が湧き出す。
五メートルはあるだろうか、薄い影で透き通っている。
これが本体? 亡霊?
帰って来てくれたの? 私の子
幻影は、ふわふわと近付いて行く。
女は手を伸ばして抱き上げようとするが、急に顔を背ける。
違う、ちがう、ちがう!
この子は私の子じゃない……私の子は?
「ダメ! サブやん。お話聞いてくれない。助けられない!」
風に弾かれ墜落しそうになるが、何とか体勢を立て直している。
「腕輪はん! もういい。戻りや!」
幻影は震えるようにして戻って来る。
「悲しいの、あの人の心の中、悲しくて、いっぱい!」
サブの肩に縋り付き、泣き叫ぶ。こんな姿を見るのは初めてだ。
「しょうがない、やるよ! 雷の粒!」
「あぁ、拙もそう思う。風纏い!」
「ワイの腕輪はんの話も聞かんと――嵐!」
亡霊の使う水流と風魔法が激しく衝突し、巻き上がった海水が霧になって飛び散る。
私の子を、私の子を
あなたたちも、私の邪魔を
「もう、止めや! あんたは死んでるんや。そしてな、たぶんその子も……」
サブが叫ぶ。
やめて、やめて!
あの子は生きてる
私が来るのを待ってる。
「あんたは何をしてるか分かってるんか? あんたのせいで、あんたと同じ母親が何人も!」
「そう、もうこれ以上増やさないで! 悲しみを増やさないで!」
私、私
私を増やしただけ?
「そうじゃ、悲しみで子を取り戻そうとして、新しい悲しみが生まれる。その悲しみが集まったのがお主じゃ。分かってくれ」
私は、私を産み出しているだけ?
「もう過ぎたの、もう変えられないの、だからだから、もう眠ってね」
幻影の透き通った声が響く。
「聞かせてあげる、あなたのための子守唄」
眠りなさい 愛しい我が子よ
私の命を 受け継いで
夜空の月も 朝焼けも
潮騒さえも ただ願う
笑いなさい 可愛い我が子よ
私の夢を 叶えてね
水面を渡る 風のよう
あなたの夢に ただ渡す
波は唄う
ずっとずっと 永遠に繰り返す
命は続く どこまでも
どこまでも いつまでも
泣かないで 優しい我が子よ
私の命が 尽きても
想いは続く いつまでも
心の雫 ただ伝う
“うぉ~~~ん„
ベスの遠吠えが海の彼方まで響く。
ありがとう、猫さん
送ってくれるのね
「おやすみなさい!」
幻影の声と共に暗雲は消えて行く。
夜空に望月だけが残る。
「あれは、怨みじゃったのかのぅ」
「そうだね、自分の子供を亡くした人の怨念だね」
「慰めになったのじゃろうか?」
「ワイには分からんなぁ。子を持つ女の心は男には理解できんレベルやなぁ」
「拙も子を産んだことがないからのぅ、自分の命に代えても守りたいと云う実感は少ないかもしれん」
子を亡くした母親って悲しいなぁ……
「腕輪はん、何か装備品が出とる。これ何や?」
「えっとね。“潮騒の指輪„ 良く分からないけど、魔法発動体みたい」
生命の腕輪の効果音が鳴り響き、仮想画面に表示が現れる。
“インスタンス・クリア:波の子守唄„
略綬は、白と青の縞模様に月影の意匠
次回「旦那編 marito 54:森の綾衣 Saia di foresta」
難しいエピソードが続き、執筆ペースが落ちています。
すみません。納得の行くものをアップしたいのでよろしくお願いいたします。




