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不満足名称  作者: 音喜多子平
23/30

初恋の人と、そして従兄との会話

区切りを考えてたら少し長くなりました。

 考え事は時間と足を速くしてくれた。角に見えているコンビニを曲がれば、あとは父の店まで一直線の道になる。

 ルツさんとの会話は頭の中でずっと尾を引いて、脳内を渦巻いていたのだが、急に声を掛けられたことで霧消してしまった。


「乙川君」


 見ればクラスメイトの若山さんがいた。しかし、普段とは違う髪型になっていたので、一瞬誰だか分らなかった。


「ビックリした。どうしたの、若山さん」

「いやー、見かけたから声かけたんだよ。何してるの? 部活は?」

「今日は休み。というか運動部でもないし、毎日集まる事ってほとんどないんだよ。集まったって二人だけだし」

「二人? 廃部にならないの?」

「何とか周りに頼み込んで、名前だけ入部してもらっている人が後三人いるから大丈夫。僕が卒業したら分かんないけど」

「何か大変だね」


 今までも数回、同じような会話になり、同じように返されていたのが頭を過ぎった。


「別に。大勢いなければならない部活でもないしね。というか若山さんこそ部活は?」

「ウチは先生が会議で来れないって理由で純粋に休み。けど、友達みんな予定合わなくてさ。帰るのも勿体ない気がして一人寂しく買い物してたんだよね。このあと暇?」


 いきなり予定を聞かれて戸惑う。てっきり社交辞令的なあいさつを交わしたら、サヨナラマタガッコウデ、とでも言われると思っていた。


「なんで?」

「近くにさ、すごい美味しいコーヒー入れてくれるお店があるんだけど、一緒に行かない?」


 僕史上初めて、クラスの女子に誘われた瞬間だった。


 安易に誘いに乗ろうかと思ったが、いつかした有名人との会話を思い出す。


「ダメでしょ。彼氏いるのに男と一緒にいちゃ」

「あれ? 知ってるの?」


 若山は意外そうな顔をした。まあ、そんな話題を振ったことのない相手が事情を知っていれば無理からぬとも思った。


「有名人に聞いた」

「あんにゃろ…けど大丈夫だよ」

「女子の可愛いと大丈夫って言葉は信用できない」


 これは僕ではなく有名人の言葉だ。有名人が何を思って口にした言葉から知らないが、僕も同意している。

 そういうと一瞬キョトンとした顔を見せた。そしてすぐに破顔した。


「あはは、ホントに大丈夫だって。もう別れちゃったし」


 その言葉に、今度は僕が呆気に取られてしまった。何か言おう、何か言おうと思考だけが駆け巡ったが、出てきたのはみすぼらしい三文字だった。


「…あ、そう」

「じゃあ行こうか」


 いよいよこっちに断る理由がないと勝手に判断され、付き添うことになった。


 ルツさんといい、若山さんといい、僕は押しの強い女性に弱い男なのだろう。


 歩き始めてからは会話はなかったが、嫌な予感はあった。


 女子から誘われたという事実そのものに動転していたが、確か美味しいコーヒーを飲みに行こうと言っていたはずだ。コーヒーには一家言あるので、父が店を始める前から、この街にある喫茶店は大体把握しているつもりだった。そして若山さんが向かう先には、一つ思い当たる店があった。


 彼女はとある店の前で足を止めると指差しながら微笑んだ。


 予感は当たっていた。


 こっちの気も知らず、若山さんは早々に父の店のドアを開けた。


「こんにちは」

「おや、いらっ……しゃい」


 父は入ってきた二人の顔を見て一瞬固まった。


 若山さんは口ぶりから察するに常連とまで行かずとも、何度来たことがあるのだろう。慣れたように店の奥に進んで行った。


「テーブル席、座っていいですか?」

「ああ、大丈夫だよ。そっちの男の子は? 彼氏?」

「いえいえ、クラスメイトです。偶々そこで会って」

「へえ、そうなんだ」


 そう言って父は若山さんに見えないように、僕にウインクをしてきた。が、一体どういう意味だったのかは分からない。


 大人しく二人で奥のテーブル席に座る。奇しくも僕が一人でいる時に座る席だった。二人で座ると何とも落ち着かない雰囲気になってしまう。


「どうする? 何でもおいしいけど」

「同じでいいや。目移りしそうだから」


 僕は飽くまで、初めて来た体を貫くことにした。


 若山さんは少し悩んでいたが、水を出しに来たマスターに勧められた「新商品X」という胡散臭い名前のコーヒーがツボに入ったらしく、笑いながらそれを頼んだ。


 待つ間に会話がないのもどうかと思い、必死に話題を探した。ルツさんとなすんなり話ができるのに、何故同世代の女の子が相手だとこんなに緊張するのかが、自分でも不思議だった。ただ、こちらの懸念は若山さんが解決してくれた。


「そう言えばさ、第三者面談したでしょ? どうだった垣さんは?」

「すごい人だったよ。面白いって言ってたのがよく分かった」

「でしょ?」


 そう言ってお互いに、垣さんの事を思い出して笑った。


「名刺貰って見た時はびっくりしたけどね」


 名刺という単語に僕は食い付くように反応した。


「名刺もらったの?」

「うん。一番最初に。もらわなかったの?」

「もらわなかったな」


 僕は咄嗟に嘘をついた。素直に言っても良かったのに、何故誤魔化したのかが自分でも分からなかった。


「名刺って持ってる?」

「えと、確か財布に入れっぱなし」


 若山さんはごそごそと財布を出して、中を調べた。するとすぐに名刺は見つかった。僕は伝え忘れたことがあり、連絡先を控えてもいいかどうかとまた嘘をついて尋ねた。若山さんは特に疑うこともなく承諾してくれたので、ありがたく名刺の写真を撮った。そして僕は、話題を変えた。


「因みに若山さんはどういう会話したの?」

「最初はね、垣さんの名前の話しだったよ。名前が人に与える印象っていうのは馬鹿にできないって言われて、垣さんの名前の苦労話になって、私は私で自分の名前の不満が漏れてさ。最終的には二人で名前の愚痴で盛り上がってた。乙川くんの方は?」

「垣さんの名前の話しから始まったのは一緒かな。その後は延々名前に関するうんちくを聞いてた。すごい知識量で圧倒されてた」

「へえ。私はそこまではならなかったけど、すごい勉強家だなってのは伝わってきた。だから新名も気に入ってるし」

「僕も、垣さんから新名を貰うのは楽しみって言えば楽しみかな」

「いつ分かるの?」

「来週だね」


 まるで遠足の日取りを伝えるかのように、声がワクワクしていたと自分でも気が付いた。


「そっかー。それを選ばなくてもさ、何て名前を考えたのか教えてよ。すっごい気になる」

「わかった。教えるよ」

「絶対ね」


 丁度一旦会話が途切れたタイミングで注文したコーヒーが出てきた。


 父はまた、若山さんに気が付かない角度で僕にウインクして寄越した。意図は全く分からない。


 互いに新商品Xとやらを一口飲む。若山さんは美味しいと言っていたが、僕は先日に実験体にされたときのコーヒーだと気が付いた。


 今度は話題を思いついたので、僕から切り出した。


「若山さんは、新名を決定するの迷わなかったの?」

「先生が考えてくれたのと比較はしたかな。でも決める段階で大分垣さん寄りだった様な気がする」

「親が考えたのは?」

「論外」


 冷たく言い放たれた。

 何の気なしに聞いたことをすぐさま後悔し、気まずさをコーヒーで押し流す。


「ああ、そう」

「私が何で喜多高に行ったのか、全然分かってくれてないの」


 そう言いながら、オーバーなため息を漏らす。


 僕は僕で、どうせ地雷に足を乗せたのならと、もう少し掘り下げて聞いてみようと思った。


「悩んでいるうちに色々と考えたり、話聞いているけど実際問題、名前が変わるってどんな感じ? 名前が変わったって何も変わらないし、名前だけで人間性は分からないって話が多かったんだけど」

「名前で人間性は分からないかも知れないけど、勝手に判断はされるよ。こういう名前を考える親に育てられている子供はこうだろう、って周りは勝手に想像するし、それが勝手に私の性格にすり替わって判断されているってのも経験したし。だから乙川君が話を聞いた人の事を悪く言う訳じゃないけど、きっとその人たちは普通の名前で、親が普通の人たちなんだよ」


 若山さんは、とても強い意志というか熱意の籠った目をしていた。僕は自分の軽はずみな意見を謝った。


「何か、ごめん」

「ううん、謝んないで。だから私は自分が納得できる名前を選んだの。だからどれにするかじゃなくて、親に何て説明するかの方が悩んだかな。何故か知らないけど、自分たちが考えた名前が選ばれるって思ってたから――あ、ごめんね。自分の話ばっかりで」

「そっちこそ謝んないでよ。僕が聞いたんだし。けど、親の説得か…それはきちんと考えてなかった」


 ついつい声と表情が陰ってしまった。


 今度は若山さんの方が申し訳なさそうな顔をしている。


「親の考えた名前、気に入ってないの?」

「正直に言うとね。先生のも別に思い入れはないし。垣さんの考えてくれる名前には、大分期待してるよ」

「大丈夫だよ、色々言われるかもしれないけど、決定権は私たちにあるんだし」

「そうだね。僕たちは反抗的なのかな」


 僕の問いかけに対し、若山さんは何故だかとても柔和な笑みで返してきた。


「犬だって理由もなく吠えないわよ。吠えられるだけの何かをしたんだって思ってくれなきゃ、後は噛みつくしかできないもの」

「確かに。反抗期の一言で片付けられたくはないね」

「大人じゃないと言われればその通りかもしれないけど、何も考えてない訳じゃないしね、こっちだって」


 その時、若山さんの携帯が鳴った。カバンの中からスマートフォンを取り出して、メールを開き内容を確認すると飛ぶように立ち上がった。


「あ、やば。忘れてた」

「どうしたの?」

「家の用事。今日の夜だってすっかり忘れてた。部活の休みが嬉しくて」

「じゃあ、また明後日、学校で」

「うん。乙川君は、どうする?」

「僕はまだまだ時間あるし。折角だからもう少しここにいるよ」

「ならまた明日」


 慌ただしく帰り支度をして、ドタバタと駆けていった。


 レジの前で財布を取り出して、マスターを呼ぶ。父はカウンターの奥からのらりくらりと出てきて言った。


「いや、お金はいいよ」

「え?」

「こういう時は男が出さないと。ね?」


 そう言って再度、僕に向かってウインクしてきた。今度は右手の親指も立てている。


 若山さんも突如何を言い出しているのかと理解が追い付いていない様子だった。


「いや、でも」

「大丈夫。急ぐんでしょ?」


 どういうつもりかは知らないが、急いでいる若山さんの為に父の考えに大人しく乗った。


「本当に?」

「大丈夫だよ。そんな高いものじゃないんだし」

「ありがと。今度は私が何か奢るから」

「よろしく」


 ドアにぶら下がった鈴の音に見送られ若山さんはいなくなった。


 それを確認してから、父がそそくさと僕の前の席に、好奇に満ちたニヤニヤした面をぶら下げて坐った。

読んでいただきありがとうざいます。


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