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戦艦越後物語  作者: 陸奥
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第一章 第四節・『弱き艦長』

 横須賀入港直後、楓は各科の士官を招集した。今後の『越後』が取るべき道を決めるためだ。

 陸奥湾でも一応の議論はしたのだが、『多摩』から提供された新聞などを読んでもいまいち現実味が湧かず、延々と保留する結果になっていたのだ。

 しかし、今回の在横須賀艦艇による艦隊の陣容―――例えば戦艦『榛名』は1944年まで一三式方位盤を搭載しているため、『金剛』、『霧島』よりも測距儀の位置が高いのが特徴であり、戦艦『比叡』は多くの乗員の証言では、大改装終了が1939年以降、そして比較的早期に沈没しているためこの艦の存在によって開戦の2年前より後、又は開戦から1年以内だと判断がついた―――よってこれ以上引き延ばすわけにもいかないと判断した結果、何としても今日中……遅くとも向こう側が接触を図ってくる前に決めなければならない。

 そのため横須賀到着後、直ちにこれからの行動方針を決めるための論議が行われた。そこで初めて出てきたのが、《太平洋戦争》と《現代日本社会》という簡潔な表題の数枚の薄い円盤、未来でDigital(デジタル) Versatile(バーサタイル) Disc(ディスク)、通称DVDと呼ばれる情報媒体である。

 それぞれの歴史認識が食い違う中で、せっかく日本に関する映像が記録されているらしいから試しに見てみようじゃないかという話になったのだが……その提案が果たして、幸か不幸かは解らない。しかしそれは映像を見た者たちに想像を絶する衝撃をもたらした。

 その映像は、どうせ普段テレビやビデオに映ったり、市販されていたような記録映像なのだろうと高をくくっていた楓や自衛官たちにも等しく与えられた。映像には普段、表には絶対出てこないであろう生々しい描写なども多数あり、8月前後に放送されたりする終戦特番のようなものしか見たことがない楓は勿論、それよりもある程度のことは知っているはずの自衛官たちでさえ受けたこの衝撃は、口で言い表わせることのできるようなものではなかった。



 フッ、と映像が途切れる。《太平洋戦争》編の後、《現代日本社会》編まで、一日の大半を費やしてまでの視聴、それがそれぞれにもたらした影響は大きかった。

 腕を組み考えにふける者、男泣きに泣く者、あまりの衝撃に茫然となり視点が定まらない者、俯いて肩を震わせる者、正面を向いてカッと目を見開き、何かを堪える者……今日はもはや皆まともに話せる状態ではないと楓は判断し、明日再度集まることを命じたうえで解散を宣言した。かくいう楓も今はまともに物事を考えることすら難しい精神状態であり、吐き気を抑えることで精いっぱいだった。


 会合に出席した士官のほとんどは、その日のうちにそれぞれの部下にこの結論を伝えたが、しかしきちんと理解できたものは少なかったようだ。ただ、おそらくもう二度と家族に会えないということだけは漠然と理解していた。




「はぁ……はぁ……畜生ッ!」

 艦長寝室の奥にある洗面台、その前で俺は崩れ落ちてしまっていた。

 ……心構えは出来ているつもりだった。でも、そんなものこの時代の前にはシャボン玉よりも脆いものでしかなかった。

 映像に出てきたのは、今まで見てきたどんなものよりも衝撃的で、怖ろしく、そして哀しいもの。

 中部太平洋の島嶼戦で日本軍が行った万歳突撃、弾雨の中に突っ込み、肉塊に変わっていく日本兵。アメリカの海兵隊が上陸用舟艇で、海岸へ向け突進する最中に隣の艇が砲弾の直撃を受け、飛び散る瞬間の映像。普段の生活では絶対に目にすることはないだろう生々しい記録。

 自分が今いる時代、それがどんな時代なのかまざまざと思い知らされた。何が起きてもいつもどおりにいよう、そんな最初の気持ちはどこへやら。今は込み上げてくる吐き気を堪え続けるという情けない姿をさらしている。

 厄介なことに俺は今、この『越後』における最高位の士官だ。早川中佐を始めとする下位の人たちにこんな姿を見せることはできない。弱音を吐く事なんてできない状況なんだ。

 ……責任を背負う立場が、こんなに辛いものだなんて思わなかったな。


 暫く経って、やっと吐き気も治まってきたので、隣の公室にある椅子に寝転がる。どうでもいいけど艦長公室にあるソファに寝転がる奴がこの時代、果たして俺の他に何人ぐらいいるのだろうか?

「ふう……これから俺は一体どうしていけばいいのかなぁ。車に轢かれた俺をいきなり戦争のただなかに放り込んで、一体全体何をしろというんだか……」

 愚痴の一つも言いたくなる。

 実際、今日まで何とかしてこられたのは虫食い穴だらけの知識と、何故か成功するハッタリのおかげだ。そうでなければ平成の一高校男児―――今はともかくとして、だ―――が経験豊かな軍人たちの中でやっていけるものか。 言っているうちに、どんどん先が思いやられる。こんなことでこの時代を生き抜けれるのだろうか?

 考えれば考えるほど暗い考えになっていく頭に、いきなり電子音が響く。

 体を起こして発生源を探ると、どうやら執務机の上から発せられているらしい。

 どっこいしょ、と立ち上がり机に近づいてみると、置かれていた液晶画面のディスプレイの電源が突然入り、勝手に検索、なにかの情報を表示してきた。

 勝手に動き出したことに得体の知れぬ恐怖を俺は感じたが、とにかくその情報を確認して……俺は声を失った。そこに映っていたのは―――




 過ぎた時間は10分か、1時間か、あるいは数時間か。彼がこの副長室に戻ってからどれだけの時間が経ったのだろう。

 会合が終わった後、彼を含めた中佐級の者たちは再び集まった。明日の論議に備えるために。

 現在『越後』が置かれている状況を鑑みると、明日には行動を起こさなければまずい。彼の本心としては、本当は今日中に意見を纏めたかったのだ……しかし楓も言っていたようにあの状況ではとても意見は纏まりはしないだろう。だがやはり、それでは遅いのだ。

 そのため彼を始めとする一部の者たちは、あらかじめ意見を纏めそれを楓に上申し、彼女からの許可を得て明日の論議に彼女からの提案として出そうとしていた。

 彼らが既に結束しているのだから、その提案はほぼ確実に通るだろう。幸いにして彼らの見解は皆一致していた―――あの記録映像がその大きな原因となっているのは、確かめるまでもないことだ。

 後の問題は……果たして楓がその提案を、受け入れるかどうか。

 彼らは全員、一応は楓が指揮をとることに対して異存はない。彼女の指揮は、時々挙動不審な部分があるが的確なものだ、『越後』の代表とするのに問題はないと考えている。

 ただ少し問題があるとすれば、楓は女性であり、そしてその外見はとても40代には見えないことだろう。陸奥湾での一件から、こちらの日本海軍に女性軍人がいないことは明白である。それがよりによって不明艦の最高責任者なのだ、交渉の際に相手方にどういった影響を与えるかわかったものではない。

 しかし、それは彼一人が考えたところで意味のないことだ。

 彼が今やるべきことは、その提案内容を楓に上申すること。

 ……なぜこうなってしまったのだろうか、軍服のジャケットを羽織りながら彼は考える。黒石中佐曰く、「天霧大佐が指揮を執る前は、君が指揮をしていたから」と言っていたが……。

 こうなった以上、考えても仕方がない。彼―――早川秀次中佐はそう判断し、部屋の扉を押した。


 人影一つ見当たらない通路……この『越後』と言う巨大な戦艦の中にいるのが、自分一人だと錯覚してしまいそうになる。壁を隔てた兵員室の中には多数の兵達がいるのは分かっているのだが、こう静かだとどうも落ち着かない。

 早川がそう思っていたその時だった、前方のとある一室の扉が開く。中から出てきたのは機関を統率している……女性。確か―――

 彼がうろ覚えだった名前をひねり出す間に、彼女は早川の名を呼んでいた。

「あら、早川中佐じゃないですか」

「草薙、遥香少佐だったか……ん? 何故つなぎを着ているんだ」

 部屋から出てきた彼女は何故か、船の刺繍がついた青い帽子に、青いつなぎを着ている。

 刺繍には……DD-107うらかぜ、と書かれた文字が船を囲み、船の背景には棒状の物体が交差している……秀次から見れば、見慣れない奇妙な服装だ。

「つなぎ……? ああ、これは私達海上自衛隊の作業服なんです」

 なるほど、薄暗くてよく分からなかったが、確かにつなぎではなく上下が分かれた作業服のようだ。やはり未来の日本海軍は現在といろいろと変わっているらしい、と納得する。

「そういえば、中佐はどちらへ?」

 遥香が早川に尋ねる。その視線は彼の服装に向いていた……そういえば、まだ制服だったな。まだ着替えていないことを思い出しながら、早川はその理由を説明した。

「なに、少し天霧大佐に御用があってな。昼の会合があれでは下手をすると、明日も意見がまとまらんかもしれん。流石にそれは避けねばならんから、あの後に中佐級の諸氏が意見を出し合ってまとめた意見を、大佐に上申するところでな。私が今制服を着ているのも、たまたまその役目を請け負っただけだからだ」

「なるほど……早川中佐、私もご一緒してよろしいですか?」

「それは別にかまわんが……まあよかろう」

 何故? という疑問が頭に浮かぶが……彼女は三佐、旧軍の少佐相当の階級でありながら『越後』の海上自衛隊組の中では現在、最も上の立場だ。自艦だけではなく、他艦の者たちまで率いなければならない以上、今後の行く末を気にするのも当然の話だろう。

 そう、彼は自己完結し承諾する。どうせ、これから上申する案も見られて困るというわけではないのだ。

 それから早川と遥香は、暖房の効いた……むしろ効きすぎて少々暑い艦内を歩きながら、艦長室を目指した。


 途中、通路に迷いながら二人は艦長室に辿りつく。時間も時間だ、もしかしたらもう寝て休んでいるかもしれない。

 半ば諦めながら、ノックをしようと手を扉に向け……ようとしたその時、中から微かに声が聞こえてきた。

『ふう……これから俺は一体どうしていけばいいのかなぁ。車に轢かれた俺をいきなり戦争のただなかに放り込んで、一体全体何をしろというんだか……』

二人の動きが止まる。

(……車に轢かれた? 艦と運命を共にしたのではないのか、いやそういえば大佐は……言い方はあれだが、戦死された原因を言っていない。言われたのは戦艦『信濃』艦長だったことだけ……)

 この瞬間、彼の中で何故、楓だけ同じ艦の乗員がいないのか。その理由がすべてつながり、原因がわかった気がした。

「草薙少佐」

「ハイッ!?」

「今この場で聞いた一切のことは今後、他言無用である。胸の内にしまい誰にも話さぬようにすること、復唱!」

「復唱します、今この場で聞いた一切のことは今後、他言無用! 胸の内にしまい誰にも話さないようにすること、復唱終わり!」

 周囲には、気まずそうに視線をさまよわせていた遥香ただ一人。

 このことを他の者たちに知られてはまずい、何がまずいのか? 楓の死亡した理由が、まずいのだ。

 早川を含め、この艦に乗っている軍人の大半は『戦死』したはずの人間だ。しかし、楓は今の言葉を聞く限り『事故死』である可能性が極めて高い……実際は軍人ですらないのだが。

 彼はもちろん事故死とか、そんなことは気にしない。しかし戦場で死んでいない、そのことを細かく気にする者が出てくる可能性もある。余計な可能性は出来る限り排除すべきだろう。

 ……遥香を伴ってきたことを早川は後悔したが、もはや遅い。彼にできることは、他言しないよう命じることくらいだがそれも正規の命令系統ではない。後は遥香次第なのだ。

 今まで来た通路を引き返す彼らの周囲を、重い沈黙が包みこんだ。


 機関区に向かうという遥香と別れ、暫く間を置いた後早川は再び艦長室を訪れた。

「夜分遅く失礼します天霧大佐、早川です! 御用があるのですが、よろしいでしょうか?」

『どうぞ』

 間髪をいれずに中から返事が返ってきた。まだ寝てはいなかったらしい。

「失礼します」

 早川が初めて入る『越後』の艦長私室、その扉を開ける。

 部屋の奥の寝台、そこに楓はいた。

 既に軍服は脱いで着替えた……男物の着物を着た姿で。

「どうしました、早川中佐?こんな夜に尋ねてくるとは、なにか余程の事があったのですか」

 今まで読んでいたであろう本を傍らの机に置きながら、楓は早川の用を問う。

「は、実は先の議論が終わった直後、私を含めた中佐級の者たちで再度集まりまして……明日の議論に向けての合意案というものを纏めたのです。その件で、大佐にお話しがございましたので夜分遅く失礼を承知で、お伺いしました」

 早川の口から、合意案という言葉が出た瞬間、楓の目つきが一瞬鋭くなったのを彼は見逃さなかった。

「勝手ではありましたが、これ以上議論が長引くようではあまりにも危険であり、よって我々だけでも意見を纏めておく必要がある、そう我々は判断したのです。これがその仮合意案です」

 持っていた書類を、早川は楓に手渡す。

 何も言わずに書類を読む楓に、彼は続けた。

「大佐がその案にご賛同いただけるのでしたら、よろしければ明日の会合で大佐の発案として提案していただけませんでしょうか?」

「……フム、大筋は分かりました」

「では―――」

 ただし、と楓は言った。

「今更とやかくは言いませんが、こういった話し合いをするのであれば今後は、ぜひ私も呼んでもらいたいですね」

 仲間外れにされたのかと思った楓は、特に含むものはなく純粋に要望を行ったのだが、

「その件については、申し訳ございませんでした。しかし、会合後の大佐のあの様子を見ていますと、とてもお呼びすることができるような状態では……」

 早川がそこまで言って、楓は自分が早川を責めていると勘違いされていることに気づく。

「あ、ああすいません! 責めているとかそんなんではなくてですね、ちょっと寂しかったなぁ~とか、そんなどうでもいいことなんで……とまあそれは置いておきまして、この仮合意案の件については了解しました。それで、仮に私が提案するとして、若干内容を弄っても構いませんか?」

「それについては、おそらく問題は無いかと思います。あくまでそれは我々の合意案にすぎませんし、大佐のご意見もありましょう」

 フムン、と楓は少し考え、

「―――分かりました。私の考えと大体は同じでしたし、二、三ほど気になる点はありましたが明日は概ね、この合意案通り私が提案しましょう。それで中佐、他には何か?」

「ありがとうございます、大佐。いえ、ご用があったのはこれでけですので、今日はこれで失礼いたします」

「わかりました、御苦労さま。ではお休みなさい、中佐」

「お休みなさい、大佐」

 静かに艦長室のドアは閉まり、再び艦長室前の廊下から人気は消えた。



「……合意案、ねぇ」

 渡されたその書類を、俺はパラパラとめくる。

 こういったものの話し合いがもたれていたのなら、誘ってもらいたかったというのは本当のことだ。しかし今回のことで、やはり俺はまだまだ努力が足りないようだというのが分かった。呼ばれなかったのは信頼されていないから、もしくは女性だからと甘く見られているか。だから会合には呼ばれなかったのだ。

 まだごまかしが効く今のうちに、なんとか帝国海軍大佐としての一般常識、知識を習得し皆からの信頼を集められるようにしなければならないだろう。そうすれば、自然に俺にも声がかかるようになるだろう。

 しかしまあ……、

「やっぱりあの映像見た後だと、考えることは皆一緒、てか」

 一通り目を通した俺は、その書類を執務机の上に置き布団に潜る。

 発電のために今も動く機関から、心地よい程度に伝わってくる振動に身を委ねながら俺は深い眠りに落ちていった。



「なんですと!?」

 渡井中尉の声が会議室に響き渡った。その表情は納得できないという憤怒の気持ちがありありと表われている。

 その他数人も渡井中尉と同じことを言いたいようだった。

 これらの発端となったのは、俺のある提案が原因のようだ……やっぱり止めておいた方がよかったかなぁ。

|ω・`)やぁ。ようこそ後書きという言い訳の空間へ。

 このページは戯れ言だから、まず落ちついて見て欲しい。


 うん、「また更新遅滞」なんだ。済まない。

 仏の顔も三度って言うしね、謝って許してくれと言うつもりはない。


 でも、このページを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「苛立ち」みたいなものを感じてくれたと思う。

 殺伐としたネットの中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思ってこのコピペを使用したんだ。


 じゃあ、今後の展開に対しての注文を聞こうか。




 はい、皆様お久しぶりでございます。陸奥です。

 前回の一月更新以来、約4ヶ月ぶりですね……申し訳ございません。

 ここまで時間がかかったのはひとえに、私の作文力が低い以外の何者でもないでしょう。実際、話の中では一日ほどしか進んでおりません。しかも中身が薄い気が……ちなみに1941年から1945年までを一日ずつ書こうとすると、全話合計1826話……はい、関係無い話ですね、すいません。

 さて、実はこれからも数日ごとくらいしか話が進まない予定です。理由は皆様のご想像にお任せしますが。


 ……では、今回は短めですがこれからも皆様が《戦艦越後物語・改》をご覧になってくれることを願いつつ、この辺りで失礼させていただきます。

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