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戦艦越後物語  作者: 陸奥
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第一章 第三節・『横須賀への道』

 『越後』は今、軽巡『多摩』、駆逐艦を曳航する水雷艇『鷺』、『鳩』の監視を受けながら横須賀へと向かっていた。

 当初は陸奥湾へ調査団を派遣、艦を掌握する予定だったのだが結局陸奥湾に調査団が来ることはなかった。理由と思われることはいくつもあるが、その艦内に収容されている技術が生半可な調査では皆目見当もつかないということが判明し、横須賀への回航が必須となってしまったことや、海軍省、軍令部、果ては陸軍や外部の有力者などの上層部の政治的妥協の結果などが主な理由だろう。

 簡単に言ってしまうと、とりあえず横須賀に回航してそこで接収すればいい、という結論だった。艦自体の戦闘力は確かに恐ろしいが、艦内の警備火器の戦力などどうせ我が方と同じだろう、高が知れていると高を括ってしまったのだ。


 そんな理由を知ることもなく、武装の俯角を下げ白旗を掲揚したまま房総半島沖へと向かう『越後』だったが、艦内では機材の使用方法が皆目見当もつかない物が多数あったため、また艦内の構造が分かっていないということもあり混乱が続いていた。

 なんとかまともに機能している科は航行に必要な機関、航海、通信や専門職の医務などであり、砲術や内務は配置場所が分からない、飛行は航空機関係の作業がないため暇を持て余すなど、ここはどこ、私は誰というように大変混乱していた。

 とても戦闘ができる状態ではないのだが、当然日本陸海軍はそんなことは知らないため各基地からは完全武装した航空隊が次々と飛来し『越後』の上空で警戒しており、手の空いている乗員はその航空隊を複雑な面持ちで眺めていた。

 彼、渡辺小五郎上等飛行兵もまた、その中の一人だ。

 彼は航空母艦『千代田』に乗り組みエンガノ岬沖海戦で初陣を飾り艦隊直掩機としてF6F『ヘルキャット』戦闘機多数と交戦、そして撃墜され今に至る。

 彼を始めとする搭乗員の一部は現在、後部第三、第四主砲塔周りで暇を持て余している。最初は居住区に引っこんでいたのだが何人かは段々と甲板にでて黙って潮風にあたっているか、搭乗員同士で雑談をしているのだ。

 さて、急ではあるがここで『越後』に現在乗艦している搭乗員の人数を教えておこうと思う。その数、何と345人。この人数は優に一個航空隊の人数を凌ぎ、単純に単座機345機分、複座機で172.5機分、三座機の機数に換算しても115機分に相当する。その中で甲板にでてきているのは、その内のせいぜい3、40人といったところか。

 それはさて置き、彼は今とても暇だった。今の彼には気軽に話ができる相手がいないからだ。自分の母艦『千代田』の乗員が『越後』で一人も存在していなかったから……いや、正確に言うならば自分と同じ搭乗員がいなかった、と言うべきか。

 確かに『千代田』からも何人かの兵士が同じように『越後』に存在してはいたが、それは他の分隊の者たちで『瑞鳳』、『千歳』に分乗していた第六五三海軍航空隊の搭乗員はいても『千代田』の搭乗員は一人もいなかった。

 そんな彼が今出来ることは、舷側から張り出している機銃スポンソンから隣を並走している水雷艇を眺めるか上空を飛んでいる航空隊を見上げるしかできなかったのだが……。

「おい、ちょっと。そこのあんた」

 不意に、小五郎に声が掛けられる。しかしまさか自分に声をかけていると思っていない小五郎は黙ったまま水平線を眺めていたが、

「お~い」

 今更ながら気づくが、さっきから声を発しているのは若い女性らしい。そういえばこの艦には、女も乗っていたなと思い出すが今の彼にはどうでもいいことである。

 しかし……、

「そこの……」

 その声に何か寒気を感じた小五郎。ふっと自分より高い位置にある飛行甲板に目をやると……

「お前だッ!」

 その時、記憶に残っているのは視界いっぱいに広がった缶詰の空き缶と、そして少しだけ見えた長い黄土色の髪の毛……後に小五郎はこう述懐する。

 ―――思えば、こいつと俺との腐れ縁はここから始まったんだったな、と。




 さてその頃、回航先の横須賀軍港からは停泊していた戦艦『長門』以下、警備艦であった戦艦『榛名』、第二艦隊第四戦隊の重巡『愛宕』、『高雄』、『鳥海』、同第五戦隊所属の戦艦『山城』、4月2日に横浜浅野船渠に入渠整備予定だった『摩耶』と華南方面へ出動予定だった軽巡『五十鈴』等が急遽予定を変更し陸奥湾方面へ急行することに決定。また有明湾から横須賀へ向かっていた戦艦『比叡』も予定を変更し房総沖で合流することとなった。

 また空母『赤城』も別働隊として出撃、主隊の上空援護任務に就くことが命じられる。

 旗艦は戦艦『榛名』、指揮は横須賀鎮守府長官代行が執ることとなった。


「目標は、『多摩』警戒の下に現在、ここ横須賀へ向け回航中だ。本艦隊の目的は目標艦が万が一敵性だった場合、これの東京湾突入を阻止、撃退すること……これはまだ未確認情報ではあるが、彼の艦には51cm砲多数が搭載されているとの情報が入っている。各人、十分留意してもらいたい……では、解散」

 『榛名』での短い訓令の後、各艦は順次出港してゆく。

 『榛名』に率いられた戦艦『長門』、『比叡』、『山城』、重巡『愛宕』、『高雄』、『鳥海』、『摩耶』、軽巡『五十鈴』、駆逐艦『嵐』、『萩風』、『雷』、『電』、『暁』、『響』からなる15隻は軽巡『多摩』以下の警戒隊に合流するべく直ちに戦艦、重巡、水雷戦隊と三列縦陣の隊形を整えた後、房総半島を越え針路を北に取り北上を始めた。

 同艦隊の『長門』や『愛宕』には連合艦隊司令部や第二艦隊司令部が置かれていたが、今回の出撃は鎮守府としての行動であるため、山本五十六長官ら連合艦隊側司令部は鎮守府側に協力することを承諾、万一の際には鎮守府側と合同し目標を撃破することに合意した。

 指揮官が鎮守府長官代行となっているのは、本来の横須賀鎮守府長官である塩沢幸一大将が体調を崩したため短期入院をすることになり、たまたま予備役に入っていた同期の大将がその間代理として勤めているためだ。

 さらに、横須賀に残る艦も急ぎ鑵に火を入れて蒸気圧を高め、万が一の戦闘に備え東京湾口に進出、臨戦態勢を敷くこととなった。これに伴い、艤装中だった空母『翔鶴』は少しでも危険から遠ざけようと横浜沖まで曳航、退避することとなった。

 また、各地の海軍航空隊、並びに陸軍飛行戦隊も零戦、九六式艦戦、九九式艦爆、九七式艦攻、九七式重爆や九九式軽双爆、九七式戦闘機、一式戦『隼』、一〇〇式司偵、九七式司偵など多数の機体を絶えず『越後』上空に張り付かせ少しでも不穏な動きを見せようものなら爆弾を雨霰と降り注がせる構えだった。

 『越後』の出現によって大日本帝国陸海軍は、まさしく混乱の底に落とされていたと言えると同時に、皮肉なことにいがみ合っていた陸海軍が図らずも共同作戦を執るという事態にもなっていた。



 横須賀を目指し強速15ノットで本州沿岸を南下する『越後』だったが、航行自体は機関科、航海科、内務科員達の尽力でなんとか安定していた。

 その間、航行に関係のない者たちの一部は早川中佐指揮の下、艦内の状況把握のために艦内各所を探索していた。例えば主砲、副砲塔内の探索や、構造の調査、果ては陸奥湾調査では軽くしか行われなかった水密扉を解放し、艦底近くの水密区画までの探索など。さすがにそれは不味かったようで遭難者が続出したが。

 しかし、その苦労に見合うだけの戦果を得ることができたのだった。

 それは……、


 ―――これまでの歴史や工業関係などの詳細な資料や機密書類、1930年以降の多岐にわたる航空機や艦艇、戦車などの多数の兵器に関する設計図や解体された状態で部品ごとに梱包されていた多数の工業機械などである。


 『越後』の水密区画はその巨大さもあって1,300以上の水密区画に細分化されており、その内乗員が立ち入れる区画には、戦闘などを考慮しなかった場合の復元性に影響が出ない最低限の範囲で山のような資料や機械が丁寧に梱包されて保管されていた。そのせいでか乗員は知らないが『越後』の吃水線は本来の吃水線から2~3m近く沈み込んでおり、速度、運動性能共に低下している状態なのだ。

 資料などの中身がわかってくるにつれ、楓や未来の企業、自衛隊に所属していた面々はこれらがこの時代にとってはまさしくオーパーツ並みの資料であることを悟ったが、これらの資料が活かせるかどうかというと微妙だ。


 例えば、P-51D『ムスタング』やAD-1『スカイレイダー』、B-17『フライングフォートレス』、『YS-11』、『DC-4/C-54』、『DC-7』等は活かすこともできるだろう。

 しかし『B-747』、『A-340』、『B-767』、『A-300』、『B-737』、『A-320』といったジェット旅客機やF-15E『ストライクイーグル』やSu-35『フランカーE』などの超音速戦闘機、B-52『ストラトフォートレス』にTu-95『ベア』などの超大型爆撃機。

 『九〇式戦車』やT-80UD『ベリョーザ』にSH-60『シーホーク』、AH-1『コブラ』、AH-64『アパッチ』、OPS-24、SPY-1D等アクティブ、パッシブ双方のフェイズドアレイ・レーダーの資料から果ては架空機FA-1『ファーン』、『バンシー』、『エステバリス』等々……。


 多数の航空機や戦車、果てはロボットの資料が報告されたが、一目見ただけで作れるかこんなモンと後に見た各方面関係者全員は思うこととなる。

 なお楓は【紺碧の艦隊】などの火葬戦記系統がないことを疑問に思ったが、よく考えてみると『越後』そのものが火葬の固まり的な存在のために納得する。

 とにかく、役に立つのかどうかは微妙ではあったがこれらの資料や機械は速やかに楓以下の艦首脳部に知らされた。



『艦底部を探索中の分隊より、報告!水密区画、船倉区画にて多数の各種資料を押収、さらに探索を続けるとのこと!』

「資料?何の資料ですか」

『報告によりますと『えいぶらむす』や『いーぐる』、『ふらんかー』、『とむきゃっと』等の資料だそうです』

 その報告を聞いた時、俺は耳を疑った。

「……すいません、それらの資料に正式名称は書かれていないかと聞いてください」

 早川中佐が報告者に聞き返すやり取りが有線の向こうで何回か繰り返された後、答えを伝えてきた。

『『とむきゃっと』の正式名称は、『F-14』だそうです』

 なんということだ、そんなオイシイ……もとい、機密資料が?しかしこの時代で、果たして役に立つのだろうか……甚だ疑問だ。

 その後も続々と上がってくる新情報、それらを聞いているうちに俺、ひいては現在『越後』に乗艦している女性乗員が離艦しないで済むかもしれない方法を考えついた……なんのことはない、誰でも考えつくことなんだけども……。



『防空指揮所より艦橋、前方に艦隊を視認!』

 楓がその考えが浮かんだまさにその瞬間、艦橋の見張りが前方から接近する艦隊を捉えたと報告が入り、すぐさま双眼鏡が手元にある艦橋の殆どのも者が前方から接近してくる艦を確認しようとする。

 そして三列縦陣で接近してくる艦影を捉えたとき、艦橋の誰かがその名を呟いた。


「―――『榛名』だ……」


 それに続いて、次々と艦橋職員の面々が艦の名を挙げていく。

「『長門』に『比叡』までいるぞ……!」

「あの艦橋は、『山城』だ!」

「『高雄』型が4隻……戦艦4に重巡4、それに駆逐艦が十数隻……。上の航空隊も併せると戦艦1隻を沈めるには、十分過ぎる戦力だぞ……ッ!」

 『越後』が敵性勢力だった場合に備えて出撃してきた艦隊は、当時の切り札である日本戦艦10隻の内、4隻に加えこちらも貴重な『高雄』級重巡4隻に一個水雷戦隊相当の戦力とさらに、別働隊として修理が完了したばかりの空母『赤城』……これらが当時日本の横須賀において即時出撃可能な艦の全てだった。これが、現在日本海軍が即座に出せる全力であった。

 これらが示している事は、日本海軍がいかに『越後』を警戒しているかを示しているということでもある。

 艦橋内に緊張が走るが、そこへ楓が気楽な声色でこう言った。

「随分と、盛大な出迎えですね……出来ればこちらも祝砲か登舷礼で迎えたかったですが、今の状況では残念ながら適いそうにありませんからね」

 内心びくびくなのを隠しながら冗談めかして言う楓、しかしそれは艦橋職員の緊張を少しは和らげるのに役に立ったようだ。

「……そうですなぁ、自分としましてはやれと言われるのならば、いつでも登舷礼を行って見せますよ。それこそ自分の元部下達を使わせていただけるのならば、いかなる精鋭艦にも負けないほどの見事なものをご覧に入れましょう」

『ほほう、横川君。それは我々『武蔵』乗員に対する挑戦と受け取ってもよろしいのかな?』

「ええどうぞ。まあいかに黒石中佐の『武蔵』乗員といえど、我々『天城』乗員には敵わないでしょうがねぇ」

『言ってくれるな、横川君。我々の練度の高さを見くびらないでくれたまえよ?』

「はいはいはい、お二人の艦を愛する気持ちはよぉっくわかりましたから、そこまでにしておいてください。『武蔵』と『天城』の両艦がとても素晴らしい艦なのはわかりました……まぁ私の『信濃』には敵わないでしょうが」

「『ちょっと待ってください、その意見には異論があります!』」

 楓の言葉の意を汲み取り、軽い口調で返した横川に対し予想外の場所―――主砲射撃指揮所から砲術関係での最上位士官、戦艦『武蔵』砲術長黒石磐雄(くろいしいわお)中佐が反論し始めた。

 このままでは無限ループになりかねなかったために楓が止めに入るが……どうやら一言多かったようだ。だが、確実に艦橋内の緊張は和らいだ。その証拠に、先ほどまでの痛いまでの緊張感がいくらか緩くはなっているように感じることができる。しかし表面上は微笑みを浮かべている楓ではあるが、表面とは裏腹にその心中は不安、恐怖に満ち溢れていた。

(俺にはあんな相手とやりあう度胸なんてない……今は最悪の事態を避けるために、精一杯のハッタリをかましてやるしかない、か……)

 この時代において、楓に居場所はない。周りの将兵たちは大なり小なり同じ艦の仲間がいたが、楓にはそれがない。それなら作ればいいだけの話なのだが……しかし、その力さえ今の楓には不足している。なら今は、周りを最大限に利用して、時間をかけてうまく作り出していくしかない。

 ただの高校二年生にとって、それはあまりに酷な話だった。




 ―――前方に、目標艦を確認。

 その報告に、彼は双眼鏡を手に取り前方から近づいてくるその艦を見た。

 第一印象は、ただひたすらに大きいということだ。横を並走する『多摩』と比べてみると、その異常さがよくわかる。あの大きさだとおそらく搭載されている主砲も情報通りなら51cm、最低でも『長門』の41cm相当のものは確実はず……。

 この『榛名』、そして海軍最強の『長門』をもってしても敵わないかもしれないその相手だが、それでも敵対行動を見せたのならば全力で撃沈しなければならないそれ(・・)を眺めつつ、彼は隷下の艦艇に指示を下す。

「全艦に、砲水雷戦用意を下令。いつでも交戦できるようにしておけ」

 横須賀鎮守府(ちんじゅふ)長官代行、海軍大将鶴鷺鷲(つるさぎしゅう)として……。


 

「『榛名』変針します、本艦と同針路!」

「目標、全主砲及び発射管を本艦に指向しています」

「目標陣容、戦艦4隻は順に『金剛』型戦艦『榛名』、『比叡』、『長門』型戦艦『長門』、『扶桑』型戦艦『山城』。重巡は『愛宕』、『高雄』、『摩耶』、『鳥海』、軽巡は『長良』型1、駆逐艦は舷側の艦名から特3型『響』、『暁』、『雷』、『電』、『陽炎』型『萩風』、『嵐』と思われます」

「上空の航空隊に太い赤帯1本の九七式艦攻を発見、空母『赤城』所属機と思われる」

 『赤城』まで出てきてるのか……こりゃ相当警戒されてるな。俺は手元にあるマイクを全艦放送に設定し口を開いた。

『―――……こちら艦橋、天霧楓大佐より総員に達する。現在本艦は多数の艦に砲口を向けられているが、本艦がいかなる事態に陥っても、例え撃沈されるような事態に陥ったとしても反撃、発砲は禁ずる。繰り返す、発砲は厳禁!各人の忍耐に期待する』

 ……とは言ったものの、一番発砲しそうなのが俺なんだよなぁ……はぁ。


 横須賀までの航行中、もし向こう側の、『長門』や『榛名』なんかの艦魂がやってきたらどう対応しようかと頭を悩ませていたが、それも杞憂に終わったようだ。

 いや、実際に3、4人ぐらい乗り込んできたみたいなのだが、俺が『越後』の艦魂だというのは見破れなかったらしく諦めて野島崎のあたりで帰って行ったらしい。らしいというのはなんか知らんが3、4人ぐらい入ってきたなというのが直観というべきか?そんな感じで分かったからで出ていくときにも反応が感じられなくなっというか……。

 しかし艦橋に乗り込んできたときには驚いた。背中の冷汗がダラダラと流れ落ちていたけど気づかないふりをしてやり過ごしたが……。

 どうやら、あまりにも女性が多くて誰が『越後』の艦魂か判別できなかったらしい。会話を聞いた限りでは俺と後数人怪しい人がいるらしいが……その数人て何?それはまあ置いておくにしても、後にも先にもこの時ほど『越後』の女性乗員の多さに感謝したことはないね。

 何しろこっちはまだ断言はできないが半人半魂らしいから、普通の人には姿が見えない艦魂と話していたら周囲の人間には変な人間と思われてしまいそうだし……。せめて艦長室にいる時とか、一人でいるときとかに接触してもらいたい。




 その後、最後まで警戒されながらも横須賀にたどりついた『越後』は水先案内船の誘導に従い横須賀軍港に入港。そこからがまた大変だった。


「指定された浮標まで、残り8000!」

「甲板作業員に達する!入港用意!係留、投錨の用意を開始せよ!」

 ラッパの号令と共に拡声器から指示が出され、甲板はにわかに慌ただしくなる。

「速力、両舷原速に落とせ!」

『速力、両舷げんそぉーく!』

 『越後』は監視の艦と共に東京湾に入り、横須賀港に入港すべく入港準備が始められていた。

 場所は海図を見て調べたところ、そこは未来に在日米軍の空母が停泊していたところだった。『越後』の吃水が深いために停泊できる場所が限られているらしい。横川少佐曰く、この吃水では呉入港は場所によっては難しい、とのことだ。

 錨場に近づき『越後』の速度が徐々に落ちていく。しかし低速、しかもかなりの大型艦にもかかわらず小刻みに動くその姿からは、良好な操縦性能が窺える。電動機(モーター)で推進軸を駆動する『越後』は速力の調整がスチームタービン艦に比べ格段に良く、低速域でも自在に艦を操ることが可能なのだ。

「距離4000切ったぁ!」

「艦長操艦、両舷半速!」

『両舷はんそぉーく!』

 更に近づいたところで楓に操舵が変わり、見張りからの報告も頼りにしながら浮標へと艦の舳先を持っていく。

「左舷微速黒10、右舷最微速赤5回転整定!」

 距離が2000を切ったところでさらに細かな操作が入る。このような低速域ではもはや舵は機能しないので推進軸の細かな調整で操艦するしかないのだが、正直楓の頭の中はもういっぱいいっぱいだ。

「両舷最微速!」

「現在、錨位500m前。……残り200前……100前……50切りました!」

 隣では横川が錨位までの距離を逐一楓に報告する。

「錨入れ!主機反転、後進原速!」

『主機反転、後進げんそぉーく!』

「両舷停止ッ!」

 艦首にある巨大な錨を投錨した直後、推進器が若干遊転した後、逆回転し『越後』は後進する力と前進する力が相反しあい若干前進した後、停止した。

『両舷停止、行き足止まりました!』

 ぴたりと錨位のところに艦首が止まる、がしかし楓にとってはそれが成功したのかどうかはわからなかったが……、

「お見事です、大佐」

「いえ……航海科の皆さんの腕がよかったおかげですよ」

 横川少佐が労いの言葉をかけてくれた。その言葉で楓は何とか上手く停泊できたのだとわかったのだったが正直言って航海科の腕がよくなければここまで上手くいけなかっただろう。

 入港が完了した瞬間にどっと今までの疲れを感じたような気がしたが、まだ色々な作業が残っている以上休む時間などあるわけがない。

 打っ倒れそうになる体に鞭打ちながら、楓は夜まで他の士官たちとともに艦内の各作業の指揮を続けたのであった。




 私が倒れてから……すなわちあいつが事故に巻き込まれてから早くも1週間が経った……。

 あいつは未だ目を覚まさず、昏睡状態が続いている。……いや待て、何でこんなにあいつの心配ばかりしているんだ?あの時だってそうだ、事故に遭ったと聞いた瞬間に意識を失って……ただの幼馴染相手に。

 バスを降りて家へ帰る途中、ぼんやりと歩いていた私の視界に不思議というか変というしかない光景が映った。朝には何も無かった筈の空き地に、いつの間にか小さな建物が建っていたのだ……看板を見る限り、喫茶店らしい。

 正直、入るような気分ではなかったのだが何故か興味が湧いてきた。なんというべきか……私の直感がここに入るべきだと告げている。

 少しくらいならまぁいいか、と私は結局その喫茶店に入ることにした。紅茶とケーキを頼むぐらいだから、財布にはさほど響くまい。


 ……内装は、私の予想よりも大分暗かった。これでは喫茶店というよりもハ〇ー・ポッターに登場するトレ〇ーニー教授の教室みたいな占い部屋といった感じのほうが強い気がする。

「いらっしゃい……」

「ゐッ!?」

 背後からいきなり声をかけられ、思わず奇声を発してしまった。

 う、後ろからいきなり現れるな!

「こちらへ、どうぞ……」

 どうやらテーブルへ案内してくれるようだが……。


「ご注文は……」

 さっきから消え入りそうな声ばかりで本当に接客業をやる気があるのだろうか……。

 とりあえず、メニューの中から私がよく食べるケーキを頼むことにする。

「じゃあ……紅茶とガトーショコラを」

「少々お待ちを……」

 ……普通に喋るようにするだけでも、結構な美人に見えると思うのだが。今の彼女はまるで……、

(幽霊みたい……)


「ありがとうございました……」

「ご、御馳走様でした」

 ……うん、紅茶は濃さも温度も程良くておいしかったしガトーショコラも私の好みだった。しかし、一番気になるのはあの店員……あの人、


―――ずっと昔に、会ったことがあるような気がする。


 なんとなく、だけれど翔も一緒にいたよう、な……あれ、なんでここで翔が出てきたんだろう。

 結局、釈然としないその疑問を胸に抱えながら、私は改めて帰途に着いたのだった。

登場人物紹介

駒場翔(こまばかける)

 役職:学生、高校二年生

 出身:北海道函館市ほっかいどうはこだてし

 身長:173cm

 年齢:17歳

 性別:男性

 誕生日:11月15日

 家族構成:父、母、妹

 好きな物:軍艦(大小問わず)、海、自然、宇宙、歴史、絶景、模型を作ること、歌を歌うこと、のんびりと過ごせる程度の平和、美味しい料理、温泉

 嫌いな物:(から)い物、戦争、ナチス、精神主義、ABC兵器、ご都合主義、デスクワーク


 ごくごく平凡な中流家庭に生まれた高校二年生。基本的に争いごとは嫌いだが、知り合いが傷つくのが嫌なために敢えて身を危険にさらすことが多い。冬の猛吹雪の最中、クレーン車と衝突し気付けば太平洋戦争直前の昭和16年4月1日、戦艦『越後』の最高責任者として、そして艦魂としてタイムスリップをしたかのような事態に陥ることとなる。部活動は弓道部に所属。大の船好きの幼馴染、淑恵の影響を受け旧海軍を始めとする海軍艦艇に興味を持つ。また何度も淑恵のアウトドアに付き合わされ何回も死にかけた経験から、死亡フラグには非常に敏感である。



《鶴崎淑恵》

 役職:学生、高校二年生

 出身:北海道函館市

 身長:168cm

 髪型:長髪

 年齢:17歳

 性別:女性

 誕生日:12月14日

 家族構成:父、母、兄、弟

 好きなもの:艦船、航空機、試合、正々堂々、アウトドア、旅行、水泳、運動、牛乳、武術、温泉

 嫌いなもの:口調を馬鹿にするやつ、不意打ち、卑怯な行い、しつこいやつ、腐女子、いじめ、ご都合主義、戦争、机に向かうこと、寒い場所


 翔の幼馴染。実家は本州から移ってきた代々の武術家であり淑恵も例に漏れず幼少の頃から武術を修めてきた。翔の家、駒場家とは3代前の先祖が引っ越してきて以来の付き合いで、翔とも小中高と一緒の学校に通ったりするなど付き合いは長い。コンプレックスになっているのは自身の喋り方であり、まだ幼稚園の時に見た映画の影響を受け、喋り方が若干というかだいぶ男性的になっている。流石に高校生にもなろうかという時には直したいとは思ったものの、どうにも自分のイメージと合わないような気がしてずるずると今に至る。部活動は剣道部に所属。大の船好きでもあり翔の軍艦好きは淑恵の影響が大きい。また、何度も翔を引き連れてアウトドアに行っている。ちなみに海軍戦闘機よりも陸軍戦闘機の二式単戦『鍾馗』のほうが好みである。




 遅れましたが皆さん明けましておめでとうございます、陸奥です。

 先月の終わりごろに東京に行ってきましたが、温かいですね東京。もう少し寒いかと思ってマフラーを持っていったのですが温かくて使う機会がありませんでした。また皆さんに教えていただいた各種資料を八重洲ブックセンターなどを始めとする各所で購入してきました。

 これからどれほど活かせるかは筆者である私の腕にかかっているので、上手く活かせるかどうかは分かりませんが出来る限り努力していく所存です。

 さて、今年の目標はズバリ『月二回更新』です。最低限この目標を達成できなければ終わりまで何年かかってしまうかわかったものではないので……。

 完結まであと何年かかるかわかりませんが、読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが願わくば最終話まで付き合っていただければ幸いです。

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