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戦艦越後物語  作者: 陸奥
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第一章 第一節・『Hello,World』

 この日、津軽海峡の天候は晴れ……の筈だった。筈だったのだが……、

「晴れませんねぇ、この霧」

「予報では快晴となっていたが……当てにならない予報だな。見張りに周囲への警戒を怠らないよう、注意してくれ」

 青函連絡船『飛鸞丸』は、濃霧の中を航行していた。函館港を出港して2時間、最初の1時間半ほどは順調な航海が続くと思いきや突然発生した深い霧に呑み込まれたしまい、視界がまったくきかなくなってしまった。

 『飛鸞丸』船長、吉川巌(よしかわいわお)と副長、田所宏平(たどころこうへい)は航行した時間と速力、方位などから針路を割り出し、僅か数ノットの速度で周りに気を配りながら慎重な航海を続けていた。なにせここは海峡のど真ん中、航路が設定されているとはいえこの濃霧だ。航路を外れた船が出てもおかしくはない、何せ自分たちも正しく航行できているかなどわからないのだから。

 そうして盲目航海を続けていた『飛鸞丸』ではあるが、霧の中にうっすらと影が船の前方に浮かび上がった。

「おい、あれは……」

「船、でしょうか……」

 徐々に近づいてくる影に、二人は一瞬の間に考える。もし航路を外れて陸地だった場合は進路を急ぎ変えなければ、座礁してしまうがここはまだ津軽海峡のど真ん中、陸地などあろうはずがない。

「面舵いっぱいだ、急げ!」

「面舵いっぱいヨーソロ~!」

 舵をきり左舷に若干傾斜しながら『飛鸞丸』は旋回して進路を変える。しかし件の船と思われる影の位置がいつまでたっても変わらない。まさか向こうもこちらに舵をきっているのか、それとも……あちらがあまりに大きいために徐々にしか動いていないように見える、ということか?だとするとまだかなりの距離が離れているということになる。

「田所君、正面のあれはもしや、海軍さんの軍艦……しかも戦艦ではないかね?」

「おそらくそうではないでしょうか……船長、霧が」

「晴れてきた、な……どれ、だんだん見えてきたぞ」

 その時、吉川船長は何か違和感を感じた。

 どれだけ近づいていっても距離が縮まったように見えない。相当な大きさであっても、双方が動いているのだからもう少し縮まったように見えてもいいはずだ。ということは……動いて、いないのではないか?

 そして『飛鸞丸』が戦艦と思われる船に対して、後方から6,000mの距離で追い越す時、今度は双眼鏡でその艦を眺めていた田所副長が異変に気づいた。煙突から排煙が見えず、完全に火を落としているようなのだ。しかも甲板に人の気配がまったく感じられない、ということはなんらかの極秘任務で停泊しているのか……あるいは、

「船長、大湊に連絡しましょう」

「どうした、何か変なことでもあったのか?」

「……どこにも、軍艦旗や国旗が掲揚されていません」

 ―――米英蘇豪中の戦艦が領海を侵犯しているのか。

「―――通信士、大湊要港部に打電。電文は『発、日本国有鉄道『飛鸞丸』、宛、大湊要港部、本文『津軽海峡を航行中、函館より方位253度、距離約20kmの海域にて、国籍不明の戦艦と思しき艦が、停泊または漂流中。我に対処手段なし、早急な対応を求む』以上!船橋より機関室、両舷前進一杯!急げ!」

『両舷前進一杯、ヨーソロ〜!』

 機関が唸りをあげて回転数を増す。『飛鸞丸』はその場から逃げるように最大速力の17ノットで遠ざかっていった。



 時に、昭和16年4月1日。大湊要港部に1通の緊急電が届いた。電文は、『津軽海峡を正体不明の戦艦と思しき艦が漂流している』

 函館から出航した国鉄所属の鉄道輸送船『飛鸞丸』から伝えられたこの緊急電に、大湊要港部は大湊海軍航空隊へ哨戒機の発進を要請する。

 これを受け大湊海軍航空隊司令、井上左馬二中佐は直ちに出撃を命じ、大湊飛行場から九六式陸攻2機が発進した。この日の津軽海峡は昨夜から発生していた濃霧のため見通しが悪かったが、緊急事態につき選りすぐられたベテランに出撃が命じられることとなった。


「目標は、正体不明の戦艦と思しき艦だ。貴様たちの任務はこれを確認後、直ちに詳細を連絡することである。なお、当該艦はこちらに対し発砲の恐れがある、十分注意してくれ。発進時刻は〇九三五の予定だ。以上、解散」

 連絡を受けた直後から、大湊飛行場では九六式陸攻に給油、整備、25番爆弾の取付、弾薬の補充を行っており発進までの準備をあと少しで終わる予定だった。


「―――しかし、国籍不明の戦艦とはな。アメリカからソビエトに向かうにしろ、ソビエトからアメリカに向かうにしろ、あんな海域で停まっているなんて機関に故障でも起きたのかね?」

「さあ……どのような理由にしてもあの海峡は我が国の領海です。いくら国際海峡であるにしても、事前通達くらいは行うはずです。しかし今回はそういった話はとんと耳にしません」

「……ま、要は実際に乗り込んでみなきゃ何もわからんってこったな」

 出撃する2機のうちの1機、九六式陸攻二三型オミ-314号機の機長山岡慎之介(やまおかしんのすけ)中尉は、出撃前の飛行長からの訓示の後、最終確認を終えた機体に乗り込み副操縦士、澤井孝昭(さわいたかあき)上飛曹とともに出撃の時を待っていた。他の5人の搭乗員も、すでに各自の持ち場に着いている。

 やがてオミ-314号機は2基の『金星』発動機の轟音を響かせながら、ゆっくりと滑走路端に停止する。

「一番二番出力最大、発進!」

 轟ッ!と、爆音をさらに大きく、力強くしながら『金星』はオミ-314号機の機体を動かしはじめる。

 やがて加速したオミ-314号機は、ゆっくりと大空にその身を浮かべた……。


「機長より達する、まもなく目標上空に到達するが何が起こるかわからん…各員、気を引き締めていけよ」

 真剣な顔で山岡中尉は搭乗員たちに伝声管を使って注意を促す。途中まで雲上を飛行していた九六式陸攻も、高度を落としたため機体の周囲はすでに霧に囲まれており、今は計器に頼って飛行するいわゆる“計器飛行”の状態だ。

 目標の周辺は晴れているとのことだが、この状況ではそれも怪しい。最悪、目標との接触はできないかもしれないがこの状況では仕方がないとも言える。

 だが、そんな不安も杞憂に終わったようだ。目標まで後1kmまでの距離に迫った途端に、今まで機体を包んでいた濃霧が嘘のように晴れたのだ。

「機長!あれが目標では?」

「おお、あれか……確かに大きいな、水雷艇がまるで艀だ」

 そばで様子を見ているのだろう、水雷艇がすでに到着して目標艦の周囲に停泊しているようだ。

 しかし、近づくにつれその認識は間違いだということに気づいていく。

「ちょっと待て……あれは水雷艇なんかじゃない、駆逐艦だぞ」

 そう、傍らに停泊している艦はよくよく見てみると駆逐艦だ。前後には背負い式に連装砲が3基搭載され、煙突が2本あり魚雷発射管が2、3基。この兵装の配置から『吹雪』型、『朝潮』型、『陽炎』型のいずれかだろうと推測できる。だが全長はいずれも120m近くにまでなる大型の駆逐艦で、間違っても8、90m近くの水雷艇なんかとは見間違えるはずがない。それほど、そばにいる比較対象である目標艦が巨大であるということなのか……。

 艦後部には、飛行甲板のようなV字状の平坦な甲板が見え、例えるなら英国の『フューリアス』の改装前の姿を前後逆にしたような印象を受ける。人影はなく、排煙もなければ、発砲もない。

 周囲を3周ほど旋回し、安全を確認した後に山岡機長は機をさらに艦に近付け、発見してから実に15分後に大湊要港部に発見の電文を打電させた。



(いっただっきま〜ずぅッ!?」

 目の前には沢山の寿司、そして箸には大好物の中トロの刺身。俺、駒場翔はその大好物が口に入る瞬間、何か堅いものに頭をぶつけて目覚めた。

(なんだ夢か……。やれやれ、寝ぼけて机の角にでもぶつけたか?)

 と思いつつ目を開け、寝転がったまま……いや、ゆったりとした椅子に座ったまま周囲を見てみるとそこは見知らぬ、なんだか高級そうな部屋……今まで、こんな場所に入ったことはない。

(えっと……昨日はどこで寝たんだっ……!?)

 そうだ、昨日はケーキの材料の買い出しに行って……唐突に出てきたクレーン車に轢かれてそのまま意識を失ったんだった。

 ……しかしそうなると、ここは一体どこなのだろうか?病院に搬送されているんならベッドの上で呼吸器でもつけているだろうし、そもそも椅子に座らせてそのまま放置するはずない。

(もしかして、ここがいわゆるあの世ってやつか?それだったら随分と予想外な……ッ!?)

 なんて馬鹿なことを考えていたからなのだろうか、唐突に激しい頭痛に見舞われる。

 それと同時に明らかに自分の物ではない情報が、脳裏に強制的に流れ込んできた。

(なんだこれ……!?頭が、割れそうだ……ッ)

 コンピュータにプログラムが入力されるが如く、俺の意志には関係なく次々と書き込まれていく殺人的な量の知識。実際の流れ込んできた時間は実質1、2秒くらいにもかかわらず俺には1、2時間ぐらいに感じられた。

 やがて頭痛が次第に治まり、少しは落ち着いたので状況を調べるべくまだ頭痛が残る頭を抑えながら立ち上がると、さらなる異変が自分の身体に起きていたことに気付く。

 何故か旧海軍の軍服を着ているのだ。そして胸の辺りが妙に重い。

「うん?なんだこれ……ゑぇ?」

 そして自分の視界に何か黒いものが目に入ったので手に取ってみると、明らかに誰かの髪の毛だった。

 さらに声が変に高い、まるで女のような……。そこまでは良い、いや良くはないがまだ許容範囲内だろう。胸の重さに関しては、もしかしたら蜂に刺されて腫れているのかもしれない。

 問題は、これが誰の髪の毛(・・・・・)誰の声(・・・)であるか、だ。

 俺は心から他人の髪の毛でその人の声でありますようにと願いながらその手触りの良い髪の毛を思い切り引っ張ることにした。誰かのだったらどうするんだ、なんて後先のことは全く考えていない。

 そして俺はえいやとばかりに引っ張ったのだが、この後すぐに俺は思いきり引っ張ったことを後悔する。

「ッだぁ!?」

 正直言おう、半泣きになるほど痛かった……運悪くそこがこめかみだったことも災いしたようだ。そして声は紛れもなく自分の喉から出ていたのだった……なんでさ!?



 よし落ち着こう、深呼吸三回、OK落ち着いた。

 まず、状況を整理しよう……。

 昨晩、俺はクレーン車に轢かれて目を覚ますとこの部屋の中にいた。次、その直後に変な頭痛に襲われ、なんとか治まったので立ち上がると何故か帝国海軍の軍服を着ていると。これはこれで問題だ、なにしろ轢かれたのと、この部屋にいる関連性が全く浮かんでこない。

 しかし、いまはそれさえも些細な問題に思える。それは何故か?何で、何で女の身体になってるのさ……いや待て待て、もしかしたら風邪をひいて……そうだ、胸!まだ女性の身体と決めつけるのは時期尚、早とち……確認のために少しだけ前を開いてみたけど、明らかに女性特有の胸の谷間で、皮が身体と繋がってたよ……せめて偽物であって欲しかった。

 もう一方のほうは怖くてまだ見ていない、なんか変に感触がないような気がするけど気にしないこととしよう。

「何でこんなことになってるんだ?まぁ今愚痴を言っても、元に戻るわけでもなし……まずは情報収集だな」

 若干現実逃避をしつつ自分を宥め、とりあえずこの部屋から出ることにする。

 しかし、出たところは通路。気を取り直してその先の扉をあけるが、やはり通路……。

「まさか、延々と続いてるわけじゃないよな……そうだ、あの階段から出られるかな?」

 そう思って横にあった階段を上がった、のだが出口の扉が予想以上に重い。

 やっとの思いで扉を開けると、そこは周囲に機関銃らしきものが多数設置された傾斜した場所だった。足場をさらに進むと傾斜は終わり、代わりに旧軍の高角砲や機関砲みたいなものが大量に設置されている物々しいところに出た……実物か、あれ?

「なんか、昔の軍艦みたいだな……」

 その何気ない言葉である可能性に至った俺は急いで振り向く、とそこには尾道で見た戦艦『大和』の三連装砲塔よりも一回り、二回りほど大きく見えるどでかい大砲が2基と、小ぶりだがやはり三連装の砲塔が後ろに1基で、さながら『大和』のようだが……『大和』は確かこんなに大砲は積んでなかったはずだ。

 周りの風景を見回すが、どこを見ても海、海、海……そして足場が一定の周期で揺れると言うことは……、

「……何で船に乗ってるんだ?」

 この足場の周りを取り囲んでいるのは紛れもなく海であり、陸地は水平線の上に少し見えているくらいだった。

 もしかして自分は、夢でも見ているのかと思いながら改めて大砲を見上げる。どうせ夢なら心行くまで味わってから目を覚まそう。

「はぁぁ……でっかいなぁ。でも、空母なのにこんな大きい主砲を積んでるなんて……うわッ!?」

 呟きつつ、でっかい大砲を近くで見るために砲身を見上げながら甲板を歩いていると誰かにぶつかってしまった。

「す、すいません。少しボウッとしてて……」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません……。すみませんが、あなたはこの艦の乗員なのですか?」

「いえ、違いますが……あなたはわからないんですか?」

 変だな、普通自分が乗っている艦の名前ぐらい覚えてるだろうに。

 そんな疑問を抱きつつ、俺は目の前の青年に問い返した。

「いえ、それが……自分は別の艦に所属していたのですが戦闘中に撃沈され迫ってきた水に呑み込まれたところまでは覚えているものの、自分が何故この艦に乗っているのか……覚えてないんです」

「はぁ、それは……大変でしたね、えぇっと……」

 どうコメントすれば良いんだよ、これ。

 こんな時にどういえばいいかわかるほど、俺はまだ人生経験を積んでいないんだ。

「あぁ、申し遅れました。自分は駆逐艦『初風』航海科所属海軍航海大尉、洞爺誠と言います」

「ご丁寧に有難うございます、私は……」

 そこで俺は二つめの身体の異変に気付く。

 な、名前が出てこない。本名言おうとすると口が動かなくなるんだけど……!


『名:天霧 楓(名:戦艦『越後の艦魂、越後)  前職:海軍大佐、戦艦『信濃』艦長(前:戦艦『  』の艦魂、  )』


 なんだこれ、唐突に頭に浮かんできたんですけど。しかも後半部分穴あきだし、まさかこれを言えってか……仕方ない、な。

「……戦艦『信濃』艦長、海軍大佐天霧楓です」

 とりあえず艦魂云々のところは言わないでおくこととする。言ったら確実にキチガイに見られてしまいそうだし、そもそも艦長兼艦魂、というか人間兼艦魂なんて無茶苦茶すぎるだろ。これって言うなれば人間兼幽霊ですって言っているようなもんだ。例え夢でもキチガイに見られるのは避けたい。

「あぁ、やはり上官でしたか。しかし女性の身で大佐とは珍しいですね。てっきり自分は……あ、いえ何でもありません」

 ……珍しいですませていいのか?あと何言おうとしたのか非常に気になるんだが。


 その後、今後のことやこの艦のことも含めた話をしつつ甲板をぶらぶら歩いていた俺たちだったが、徐々に今が極めて大変な事態になっているらしいと気がついてきた。

 さっきから水兵や下士官、さらには士官までもが走り回って今がどういった事態なのかを把握しようとしているからだ、暢気に話している場合ではなかったらしい。

 そして、俺達の元にも走り回っていた士官の内の一人が焦った様子でやって来た。

「失礼します、あなたはこの艦の責任者ですか!?」

「えっと、いや違いますけど……」

「そうですか……あなた方も我々と同じですか」

 落胆したように肩を落とす中年士官、一体どういう事なのだろうか?

「すいませんが、同じとは?」

「我々もこの艦の本来の乗り組みではない、ということです。申し遅れました、自分は戦艦『土佐』副長、海軍中佐早川秀次です」

「私は戦艦『信濃』艦長、海軍大佐天霧楓です」

「自分は駆逐艦『初風』航海科所属、海軍航海大尉、洞爺誠です!」

 双方が名乗った後、早川中佐が今まで艦の指揮を執っていたということを教えてくれた。

「天霧大佐、先ほど私が本艦に乗艦している者に対して総員最上甲板を発令しました。今の設備も配置も艦の構造、何もかもがわかってない状況では人員の把握でさえ困難と思われましたので……」

「思ってよりも大変なことになってたんですね……」

 隣で洞爺大尉が俺の心境と全く同じことを言ってくれた。

 しかし次に早川中佐が言ってきた発言は俺の予想を超えていたのだ。

「それで天霧大佐、これからはあなたに指揮を執っていただきたい」

 ふむ、俺が艦の指揮ね。了解りょうか……はい?な、なんですと!?

「わ、私がですか!?」

 何で俺なんだよ!?夢だとしても、もっと現実感を出せ!

「はい、今までは私が最上位の階級でしたので指揮を執っていましたが大佐、しかも艦長経験のある方がいらっしゃるのならばあなたが最上位の士官になります。是非、指揮を執っていただきたい」

 ああ、軍隊は階級組織だからなぁ……しかし俺従軍経験がないんですけど!?と思い、とっさに隣の洞爺大尉に助けを求めようと振り返るが期待を込めた視線で返されてしまった。

 そうか……周りの人達と同じように他艦に乗り組んでいたのだと思われて、当たり前のように経験が豊富な士官だと思われているのか、安易に頭に湧き出る情報通りに喋ったちょっと前の俺を殴りに行きたい。

 断れる雰囲気じゃないよなぁ、と完全に周りの空気に飲まれつつひとまず頭に無理矢理詰め込まれたような知識の中から妥当と思える指示を出すことにする。

「……わかりました。これより私が臨時に艦の指揮を執ります。乗員等の掌握ができ次第、兵や下士官島は前部甲板に集合。非常時につき右舷最上甲板などに関係なく、です。今の状況を整理するためには情報が必要ですので、士官や准士官を艦首の錨鎖甲板に集合するよう通達してください」

「艦首錨鎖甲板ですか?」

「はい、皆さん正規の乗員ではないとのことですからまだどこがどこだか場所がわからないでしょうし」

 ちなみに俺もわからない。

「了解しました、総員前部最上甲板集合及び、士官、准士官の艦首錨鎖甲板集合を伝えます」

 ふぅ、ひとまずおかしなところはなかったらしい。その場ででっち上げたものとしては結構良いできなのではないだろうか。


「『武蔵』砲術科第七分隊第四機銃班集合!」

「『陸奥』砲術科第三分隊集合せよ!」

「『加賀』主計科集まれぇー!」

「『霧島』砲術科第二分隊、集合整列!」

「『瑞鶴』第二高角砲班、総員集合!」

「『蒼龍』第五高角砲班整れぇーつ!」

「『筑摩』機関科集まれ!」

 ここ、全部最上甲板は今、市場の喧噪の如く騒がしかった。

 優に三千人を超える人間がそれぞれの班へ整列するべく押し合いへし合いしているのだ。

 想像してみてもらいたい。東京ドーム一面が満員電車のように混み合っているのを。広さは全然違うがイメージとしてはそんな感じだ。

 そこへ……、

「艦内各部の士官に対し緊急連絡、繰り返す、艦内各部の幹部に対し緊急連絡!間もなく艦橋下右舷最上甲板に緊急の会合を開始することを達する、間もなく艦橋下右舷最上甲板において緊急の会合を開始する!幹部士官は直ちに艦橋下右舷最上甲板へ集合されたし!」

 この連絡が飛び交ったため、さらに甲板は混沌を極めることとなった。

 そこかしこで士官と下士官、水兵がぶつかり合いなかなか前へ進めない状況となっていた。



 一足先に洞爺大尉と艦首錨鎖甲板へ到着した俺はこれまでのことを思い返していた。にしても、風がきつくてちょっと寒いなぁ……。

(さっき頭の中に流れ込んできた情報の中に『越後』の艦魂ってあったけど、やっぱりあの“艦魂”なのかねぇ……)

 先ほどの“艦魂”という単語の意味は一つしか思いつかない。

 俺が読んでいたネット架空戦記にたまに出てきた萌え系のヒロイン、それこそが艦魂……ちなみに俺には萌えというのがどういったことかは未だにわからないんけど。

 ……まあそれはさておき、すなわち『越後』は自分であり自分は『越後』であるということだ。艦が沈むときは、自分も死ぬ。

 そう考えていて一つの仮説が浮かび上がった。艦の魂は皆、女性の姿をしていると言い伝えられているらしい。

 だから自分が艦に憑依……だよな、したときに男ではなく女の姿になったのではないだろうか。というか、そう考えないと他に理由が見つからないからそう考えたい、そうじゃなかったら他にどんな理由があるんだ。それこそショッカーによる魔改造か。

(しっかしさっきから『武蔵』だの『加賀』だの『陸奥』だの、もしかしなくてもこの艦の乗員って寄せ集めか?こりゃまずは戦闘訓練の前に艦内の構造把握が先かなぁ……)

 と、考え込んでいる内にいつの間にか幹部が集合していたらしい。

「大佐、総員集合しました!」

 と、早川中佐が知らせてくれた。

「ご苦労様です早川中佐。皆さんも良く集まってくれました、私は海軍大佐天霧楓といいます。以前は…『信濃』という戦艦に艦長として乗り組んでいました。それではまずは自己紹介といきましょうか、早川中佐からお願いします」

「は、わかりました……自分は元戦艦『土佐』乗り組みの早川秀次、副長を務めておりました。海軍中佐であります、本艦には気づいたら乗っていたとしか言いようがなく―――」

 さて、この後の各人は一体どういった艦からきているのか……大きな不安と若干の好奇心を抱えながら、俺は黙って聞いていた。


「……では、次は私が。名は菜野輝夜、大尉です。元々は重巡『蓬莱』乗り組でした。年齢は秘密でよろしいですね?」

 菜野大尉を最後に自己紹介は終わった。中には色々とは勘ぐってしまうような自己紹介の人もいたな……。


「第日本帝国海軍第一航空艦隊通信参謀、海軍少佐草加拓海です」


 いや〜……これは驚いた。何せ下手すると『越後』に原子爆弾積みかねないからな。

 まぁ、わかったことは士官は全員がほとんど、それぞれ別の艦に乗っていたということだ。

「……成る程。それでは次に、本艦の現在置かれている状況は?」

「はっ、まず本艦の内部の状況を報告させていただきます。艦名は各種書類から『越後』と判明、艦内乗員はそれぞれが他艦に乗り込んでいたという乗員ばかりで、正規の『越後』乗員は確認できませんでした。現在機関、電気系統は停止中。全ての武装が使用不能になっています」

 草加少佐がそう報告してくれた。そういえば、なんでさっきから一部の方に睨まれてんだろ?

「艦の周辺の報告をします。現在本艦は漂流しており、現在の海域は不明なるも、日が暮れ次第天測にて割り出す予定です。また、右舷前方三〇〇に吹雪型駆逐艦を発見、信号を送りましたが未だ返答はありません。なお、駆逐艦も機関は稼働しておらず本艦と同様に漂流している模様です」

「報告します。現在九六式陸攻2機が上空で旋回中です。所属は不明!」

「人数集計が完了しました。本艦の現在の乗り組み人数、5393名です。大多数は帝国海軍軍人でしたが、一部には女性や他国の軍と思われる者、また民間人なども乗艦していました!」

 結構人数が多いなって、まだ睨んできてるよあの人。というか寧ろ鋭くなってるし……。

「貴官は、渡井中尉でしたね……何をさっきからそんなに睨んでいるんですか?なんか、変なことでもやらかしたでしょうか?」

 そう尋ねたのだが、渡井中尉はいっそう睨みを利かせながらこう言い放ったのだった。

「それ以前に、何故女が軍艦に乗っている!」

 ……あぁ、そうか。確かにそうだが、そこまで考え周りを見回す。うん、乗員の1/3くらいは女性だ。

 なんか変じゃないか……そうだ、なんで昭和期の軍艦に女性がこんなに乗っているんだよ、海上自衛隊よりももしかしなくても比率多くないか?

「中尉、何処が変なんだ?当たり前のことじゃないか」

 あ、少佐さん……えっと名前は確か……。そう、横川さん。横川喜勝少佐だ。

 戦艦『天城』航海科所属、確かこうだった。

「当たり前!?何処がです、少佐!何故女が軍人になっているのか疑問に思わないんですか?」

 ま、当然の反応ではあるが……。待てよ、さっきから『土佐』だの『天城』だのって俺の知る日本にはどっちとも建造中止になって存在しないはずだ。

「おかしなことを言うやつだなあ。昔ならともかく、今は普通に乗っているじゃないか」

 もしかして、早川中佐や横川少佐は別の歴史の人間で、あの中尉が俺の知っている歴史の方……みたいな感じか?あ、なんか俺が考え込んでいる内に論議が白熱してきていたらしい。

 もう少しで女性肯定派と否定派で取っ組み合いの喧嘩が始まるかと思われたまさにその時、全員に衝撃の報告が入る。

「報告、右舷三〇〇、艦影3、接近!速力約20ノット!」

 次から次へと……ここがどこだか、いや陸攻がいる時点で日本なのは確実だが、何時なのかもわからない状況での接近となると、最悪攻撃されるかもしれない。まずは相手がどれほどの戦力を持っているか確認しないと。

「艦種、知らせ!」

「はっ……軽巡1、水雷艇2です!」

 その報告に、一同にホッとした空気が流れる。

 成る程、ひとまず撃沈のおそれはない……かな?ないだろ多分。

「軽巡より、発光信号!〔我、大日本帝国海軍第五艦隊所属軽巡洋艦『多摩』、貴艦の所属ヲ通告シ武装解除セヨ〕とのことです!」

 武装解除も何もない気がするが、一応通達しておくか。



「前方の艦より返信、〔我、戦艦『越後』、現在全武装使用不能ナリ〕です!」

 軽巡『多摩』艦長、新美和貴大佐はその回答に首を捻る。

「全武装が使用不能?あれだけの武装を搭載しておきながら全てが使用不能だというのか」

「甲板に多数の乗員の姿が見受けられます。おそらく、動かす兵員がいないか、動かすために必要な動力がないのではないか、と……」

 航海長が前方の艦を双眼鏡で監察しながら推論を述べてきた。

 見たところ甲板には押し合いへしあい状態で乗員たちが並んでおり、とても戦闘ができるような状態ではない。

「確かに、それならば納得もいくが……今は任務を先に済ませるとしよう、信号!〔我ガ領海ニ立チ入リシ目的ハ何カ〕!」

 『多摩』から信号が発せられて数分後、『越後』から返信が届くがそれはさらに新美大佐らを困惑させるものだった。

「返信、〔現在、本艦ノ乗員ニ現状ノ認識ガ出来テイル物ハ皆無。サレド、乗員ハホボ全テガ日本海軍軍人ト認ム。我、友軍ナリ〕!」

 現状認識が出来ていないというのはまことに不可解そのものであり、彼らは自分たちの手でこの津軽海峡へ来たのだろうから、この返答は非常に理解しがたいものだ。

「現状の認識が出来ていない、だと?やつら、頭でも狂っているのか……まあいい、本艦は本艦の任務を続行する、信号!〔コレヨリ貴艦ヲ臨検ス〕!」

「了解、〔コレヨリ貴艦ヲ臨検ス〕、送ります!」

(それにしても……なんだあの艦は。明らかに『長門』よりも大きく、後部の甲板はやけに広いようだ。艦首に菊の御紋があるからには恐らく我が帝国海軍の船なのだろうが……)

 ここでいったん新身大佐は思考を打ち切り、乗員にこう達した。

「総員、警戒を厳にせよ!」



「球磨型軽巡より発光信号、〔コレヨリ貴艦ヲ臨検ス〕!」

「どうします、大佐」

「仕方ありません、まずは事態の把握が第一ですし臨検隊を受け入れましょう。……伝令、すみませんが〔了解〕と返電してください。それと早川中佐、甲板の兵にラッタルを降ろすよう指示をお願いします」

 みんなに頼んでばかりだな、俺。……なんか申し訳なくなってきた。

 そんなことをやっている内に軽巡から派遣された内火艇が近づいてくる。これでやっとここが何処で、何時なのか知ることが出来るだろう。

 もし、だ。……もし史実の日本で開戦前だったら、戦争回避も出来るんじゃないか?そう俺は思ったがすぐに首を振ってその甘い考えを打ち払った。

 一体何を考えてるんだ。一介の大佐で、しかもこの時代の日本にはいないであろう女性軍人で艦魂なんだぞ……これは関係ないか?そういえば、ここにいる人達ってみんな俺の姿が見えてるのか?……見えてるんだろうな、さっきから普通に話してるし。

 ……夢なら今すぐ覚めてくれぇ〜!

 さあいよいよ本格的に始まりました、戦艦越後物語・〈改〉ですが、この始まりまでは本当に多数の方々に助けていただきました。本当にありがとうございました。これからもよろしければご意見やご指摘などをいただければ幸いです。

 今回は改訂前とはあまり変わっておりませんが、次回からは大幅に変わります。キャラクタの性格などで大きな変更点などはありませんが、海軍や陸軍の行動は結構変えられたと思っております。

 詳しくは次回投稿の二節をご覧下さい。

 では、改めましてご支援、ご援助していただいた幾多の方々にお礼申し上げます。

 次回の戦艦越後物語・〈改〉もお楽しみに!

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