第一章・『濃霧の中より来たる艦』
―――時に、歴史というのはありとあらゆる可能性が微妙なバランスで積もり重なって作られてきたのだと思う。太平洋戦争を例にして考えてみることにしよう。
真珠湾奇襲の成功、絶対優勢なミッドウェイでの連合艦隊の敗退、そしてレイテ海戦における栗田艦隊の謎の反転……。
どれもがどこか少し違うだけで後の結果が変わっていたであろう戦いだ。
例えば、南雲艦隊が奇襲直前に発見されてしまった、ミッドウェイで先に敵艦隊へ向け攻撃隊を発進させた、栗田中将が重巡『愛宕』と運命を共にしてしまった、又は潜水艦の雷撃を受けなかった等々確実に後の展開は変わっていただろう。
ならば、その数ある可能性の中に途中で余計な何かを加えてみたらその後はどうなるか?誰でも一回は想像したことがあるだろう……この物語は、そんな余計なナニカが加わった物語……。
「何でこんなことになってるんだ……?」
「長官、僭越ながら申し上げさせていただきます……この戦争で日本は確かに得たものも多かったでしょう、しかし同時に、失ったものもまた多すぎました」
「戦わざれば亡国、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ……。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である!」
「可能ならば……第一航空艦隊への、編入をお願いいたします」
史実とは異なった別の歴史になるか、それともまた別の可能性と共に消え去り結果は変わらないのか、結果が更に酷くなるのか……。
そんな余計な可能性になった一隻の艦の存在は、物語を少しずつ違う方向へと導いていく。
「姉さんにはわかりません、わかるはずがないんです!」
「貴様……今、何と言った?」
「俺は、絶対に諦めないぞ!」
「変えられるかどうかの問題じゃない……変えるんだ、歴史をな」
「本日付で戦艦『越後』艦長として着任いたします!」
出会うはずのなかった運命、交差する数々の想いを載せて艦は錨をあげ動き出す。
第一章『濃霧の中より来たる艦』
「俺は……私は、一体何者なんだろう……」
「あなたがたとえ何者であろうとも、あなたという存在に変わりはない。そうでしょう?」
「翔……目を、覚ませ。覚ましてくれ……」
晴れることのない歴史という濃霧の中を、艦はただひたすら前へと進んでいく……。