34・早い帰還
その日の首都は曇り空で朝でもあまり明るくなかった。そのせいか朝というのになんだかやる気が出なくて、しかも今はこの団で一番偉くて怖い人間がいないものだから余計に気合が入らない。
――って言っても、今日の昼には帰ってくるし、それまではのんびりしててもいいかね。
なぁんて思って朝食後に自室で寝っ転がりながら書類を眺めていたエルは、どたどたと走ってくる誰かの足音で顔を顰め、その次に聞こえてきた声で飛び起きた。
「エルっ、マスターが帰ってきたぞ」
声と同時に団員の一人が部屋の中に顔を出す。
「うぇっ、マジで?」
「おぅ、早く行った方がいいんじゃねーか?」
「わあってる、ってか予定は昼過ぎじゃなかったか?」
「っつっても帰ってきてるんだから仕方ねーだろ」
「ったくよぉ……」
ベッドから飛び降りて、一応髪をくしゃっと手櫛で整えてから鏡を確認し、そうして団員の方に向き直る。
「マスターはまだ外か? それとももう部屋行ってンのか?」
「俺が見た時は門のとこだったが……ここへ来るまでに部屋行っててもおかしくねーやな」
それは確かにそうだ。それに、外に迎えに行って既に部屋に行っていたら馬鹿みたいだが、部屋に先に行って待っているのはおかしくない。そう考えればセイネリアの執務室に行くのがいいだろうとエルは判断した。
「そっか、ま、知らせてくれてありがとよ」
そうして知らせに来てくれた男に手を上げてエルは部屋を出た。
セイネリアが帰ってきたというのはこの団にとっては大事件であるから、歩いている間にもあちこちから声が掛かって彼が帰ってきたという事を言われまくった。それにいちいち返事を返すのも億劫だから、途中からエルは走って向かうことにした。いかにも急いでいる姿を見れば、セイネリアのところへ向かうところだと言わなくても分かるだろう。
ということで、セイネリアの部屋に入った時にはちょっと息が荒くなっていた訳だが、そのせいか部屋に入った途端、セイネリアからはやけに冷たい視線を投げられた。
「そんな急ぎの用があったのか?」
彼が帰ってきたのにちょっとほっとしたのは置いておいて、その言葉にはエルの表情が固まる。
「ンだよ、お前の方こそ予定より早いじゃねーか、急ぎの用があったのか?」
この程度の嫌味が効く男ではない事くらいエルは知っている。だからどんな皮肉返しをされるかと身構えたのだが、意外な事にセイネリアは黙ったままで、しかも少ししてからちょっと視線を外して。
「ただの気分だ」
なんてどう反応したらいいのか分からないことを皮肉も込めない平坦な声で言ってきた。
エルとしてすごく気まずい、というか、セイネリアの反応が想像していなかった感じで肩透かしを食らったというか……普段の反応と違い過ぎて気味が悪いのだ。えーとえーとなんだこれは向こうで何かあったのか――と思ってカリンの方をちらと見てみたのだが、彼女も首を振っているから助け舟は出せないという事だろう。
やたらと気まずい空気が流れる中、エルが思いついたのは話を変えることだった。しかも、絶対にセイネリアが関心を持つような話だ。
「あーそういやさ、お前の留守中にサーフェスから連絡があってよ、お前に話があるから会いたいって事なんだが……どうする?」
「サーフェスか」
思った通り、セイネリアはその話を聞いた途端考えがそちらに向いてくれたらしい。
「そういえば剣の力を貸してほしいと言っていたな」
「ま、お前に頼みがあるっぽくはあった。あとラダーの事も聞かれた。孤児院の事も知ってて、こっちの事情もある程度察してるみたいだったぜ」
「そうか……」
セイネリアは考えているような素振りのまま視線を落として少し黙る。だがそれも長くはない。少ししてこちらの顔を見ると言ってきた。
「サーフェスは今首都にいるのか?」
「あ、あぁ、そうみたいだぜ」
「なら明日でも明後日でも、こっちに来れば会うと言っておいてくれ」
「お、おぅ、分かった」
――まぁこの件はこいつに丸投げする気だったし、あとは任せりゃいいだけなんだ……けどなぁ。
エルとしてはもうこの件に関しては気にしなくていい訳だが……それでもなんだかいろいろ引っかかるものがある。サーフェスは有能だし、得体の知れない魔法使い様だと言っても価値基準が分かりやすく金なので仕事仲間としては信用できる。つまり、金がちゃんと払われるならその分の仕事は間違いない、というタイプだ。
――セイネリアなら、金でも魔力(?)でもあいつの望み通り出せンだろうし、特に問題はねぇと思うんだけどな。
ただ妙にひっかかる。
そうして考えたエルは、そういえばサーフェスが金優先で仕事をするのはいいとしても、何故そこまで金にこだわるのか聞いたことはなかったと気が付いた。
次回はちょっとセイネリアの心情整理の回。