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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十九章:傭兵団の章三
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33・別れの日

 翌朝早く、昨日疲れていたとしてもきっちり朝の鍛錬に早起きしたここの領主とその腹心の部下のもとにセイネリアは姿を現した。

 幸い、まだかなり早い時間というのもあるのかヴィッチェはいなかった。セイネリアにとっては都合がいい。


「お、来たか」


 昨日の約束を果たすために来たと思ったアジェリアンは嬉しそうに手を振ってきたが、セイネリアの恰好が完全に身支度を整えてすぐにでも出かけられる状態だったのに気づくと表情を変えた。


「悪いな、急ぎの用事が出来て朝の内に帰ることになった」


 セイネリアがそう言えば、アジェリアンは明らかに落胆した表情を見せる。だがだからと言ってこちらを責めるような男ではない事をセイネリアは知っていた。


「そうか、残念だが仕方がないな」

「すまない」

「いや。なら次の時に頼む。こちらもそれまでもっと鍛えておくさ」

「あぁ」


 我ながらしらじらしいと思いつつもセイネリアは平坦な返事を返す。それから今度はザラッツの方を向き、軽く頭を下げた。


「そういうことで予定より早く帰ることとなった。唐突で悪いな」

「いえ、謝らなくていいですよ。今回は来てくださっただけで嬉しかったですし、またぜひ、いつでも来てください。なんでしたら次はラギ族の村にも行ってみたらどうですか? 向こうで会いたがってる者がいるそうですよ」

「そうだな」


 ただおそらく、自分は少なくとも当分はここに来ないだろうとセイネリアは思っていた。……それを彼らに言いはしないが。


「これからすぐ出発するのですか?」

「あぁ、転送の方も頼んである」

「そうですか。いつもの事ながら手回しがいいですね。しかし、このままお別れだとすれば後でディエナに怒られそうです」

「その心配はない、彼女の方にはカリンが挨拶に行った」

「……本当に抜かりのない男ですね」


 苦笑したザラッツだが、その表情も話し方も、前から比べると余裕がある。領主らしくなったかと言えば『少しは』程度だが、彼が前よりも自信が持てているのは分かる。


「そうか……このまますぐ行くのか?」


 そこで横からアジェリアンが聞いてくる。


「あぁ、そのつもりだが」

「なら少しだけ時間をもらってもいいか? 2人だけで話したい事がある、長い話ではない、本当に少しだけだ」


 それにザラッツが軽く茶化した。


「アジェリアン、何か相談事か?」

「……えぇ、そうですね。秘密の相談です」


 ザラッツはそれに軽く噴き出すと、それ以上何か聞く事はなく一歩後ろへ引いた。

 それを見て、アジェリアンはセイネリアの腕を掴んで歩きだす。別に拒絶する気はないからセイネリアは大人しく彼に引かれるままついていった。

 そうして彼は小声ならザラッツに声が聞こえないだろうところまで来ると、セイネリアに正面から向き直った。


「……答えたくないなら無理に言わなくもいい。だが気になったから聞いておく、お前、何があったんだ?」


 少しだけ、驚いた。だがすぐに気づかれても仕方ないかと思い直す。この男はいつも他人をよく見ている。そして気遣いの男だからこそ、セイネリアの性格を考えて気づかないフリをわざとしていてくれたのだろう。


「お前にはどう見えていた?」


 聞いてみれば、彼は顔を顰める。


「何か余程ムカつく事があったのか……いや、というより……まさか、お前でも落ち込むことがあるのか?」


 さすがに昔から他人を気遣ってきた世話焼き男はそのあたり鋭いと言わざる得ない。そんな単純な言葉で表せないくらいではあるが、ムカついているのも、落ち込んでいるのも間違ってはいないのだろう。

 

「そうだな、とんでもなくムカつくことがあったのは確かだ。しかもそれは今のところ俺自身でどうにもできない」


 お前がか? と呟いてから、アジェリアンは口を閉ざした。それからじっとこちらを見て、溜息をついてから肩を掴んで言ってくる。


「俺に何かできるなら言ってくれ……と言いたいところだが、それなら既に言っているな。お前が何も言わないのだから俺に何も出来ないか、聞かれたくないかだと分かっている……だからこれだけ言っておく、俺はお前をすごい男だと思っている。どんな状況でも諦めず、やると決めれば投げ出さない。確かに冷酷だと思うこともあるが、それは情を挟まず全体を見た判断の末で、お前はいつも最終的には一番犠牲がでない方法を取っている。精神面でも実力でもお前程強い男を俺は見たことがない」


 セイネリアはそれを鼻で軽く笑い飛ばした。


「買いかぶりだ」


 だがそこで肩を掴んでくるアジェリアンの手に更に力が籠った。彼は顔を下に向けると絞り出すような声で続けた。


「……だから、何があっても、お前は強い男でいてくれ。そうである事を俺は信じてる」


 酷い押し付けだ――そうは思ったが、彼のその言葉を否定する気にはならなかった。


「そうだな、俺もそう信じたい」


 だから彼にそれだけを告げて、話を終わりにした。言葉は聞こえていなくてもやりとりの様子だけでザラッツも何かは感じ取っただろうに、戻ってきても特に何かあったのかを彼が聞いてくることはなかった。おそらくセイネリアが去って2人だけになっても、アジェリアンは今の会話をザラッツに教えないだろうし、ザラッツも聞こうとはしないだろう。

 アジェリアンが何かを察して聞いた分、ザラッツは何も言わない。それがザラッツの自分に対する信頼だ。


――俺はいつも、単に俺の気に入るようにやってきただけなんだがな。


 気に入った奴が報われて、気に入らない奴が相応の罰を受ける。それが自分の益にもなるから、そうなるように動いてきた。

 ただ、自分が気に入った連中に、とんでもなく人が良くて善良な人間が多いというだけの話だ。そのせいか、その信頼を裏切りたくないと思うくらいには自分は彼らに情を感じているらしい。


次回は首都に帰った話。

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