31・後始末1
セイネリアやエーリジャ程ではないが、カリンもかなり目はいい方だ。だから視界を遮るものが何もない草原なら、そこそこ遠くまで何が起こってるか程度は見て判別できる。
「無事化け物は倒されたようです」
カリンが言えば後ろにいたザラッツが、そうか、と明らかに嬉しそうな声で返してきた。安堵した、という感じはほとんどなかったから、最初からアジェリアンとセイネリアがあの化け物を倒すのを疑っていなかったという事だろう。
「さすがにあっさり倒しましたね、普通ならあのサイズはもっと手こずるものですが」
その言い方からすれば、あの化け物はこの辺りでは珍しいものではないらしい。アジェリアンが火の耐性付きの盾を持って歩いているのはそのせいだろう。
「あの化け物はこの辺りではよく出るのですか?」
「そうですね、あれよりずっと小型のモノは割合出ます。さすがにあの大きさは珍しいですが、それでもたまにあの手の大物も出ますよ」
やはりあの化け物はここらではよく出るようだ。蛮族達も手際が良かったし、ある程度は戦い方のノウハウも確立されているのだろう。
「だからあの化け物との戦い自体は慣れているのですね」
「そうですね、一応。ただ国境を騎士団支部が見ていた時代は基本、戦わずに追い返していただけのようです。リパの光を使うだけで結構逃げ出すらしいですから」
そこでカリンは気づいた。
「もしかして蛮族達と協力して化け物を倒したりしたというのは、あの化け物ですか」
「え……えぇ、そうです。地竜を倒す時のコツというか手順は蛮族達から教わったのです。だから今は大物が出た時はこちらも協力して倒すようになりました」
つまり以前は化け物はクリュース側から追い出すだけで蛮族達に丸投げしていたが、今は蛮族達と協力して倒しているという事だ。蛮族達と信頼関係を築く手段としてそれはかなり有効だったろうとカリンは思う。
「……とにかく、終わったようなら私たちも向こうへ行って構いませんね」
少しそわそわした様子でそう言ってきたザラッツに思わず微笑みつつ、カリンは、そうですね、と返した。ザラッツとしてはやはり早く倒したそれを見たいというのと、アジェリアンに声を掛けてやりたいというのがあるのだろう。
大した距離ではないから馬を少し急がせて、途中の柵はそのまま飛び越える。そうしてカリン達が化け物を倒した現場に来た時には、丁度アジェリアンと蛮族達の交渉が終わった後らしく、蛮族達が化け物の死体を切り分けているところだった。
「随分あっさり倒しましたね、本当に化け物です」
ザラッツがそう声を掛ければ、言われたセイネリアではなくアジェリアンが答える。
「まったくです。まぁ分かっていたことですが」
それからははっと笑って、彼はセイネリアを小突きながら言った。
「普通ならとにかく奴の動きを皆で全力で止めて喉を刺しに行くところなんだが。お前はまだ暴れてる段階であっさり倒してくれるんだからな」
それにカリンの主である男は特に反応を返しはしない。アジェリアンもそれに気を悪くすることはなかったが、肩をすくめてやれやれという顔はしていた。
「化け物の死体はすべて蛮族に渡すのですか?」
カリンがそこで質問すると、それにはザラッツが返してくる。
「彼らは元から地竜を狩っていましたからね、当然食べてもいたわけです。一方こちらは地竜を食べる習慣がありませんから。倒した証として牙だけもらうことになっています」
こちらからすれば死体処理をしてもらえて、向こうからすると食料を確保出来る事になる。そして得物を譲ってもらうのだから当然蛮族達の機嫌取り的にもいいという事だろう。
「本当に毎回お前がいれば楽なんだがなぁ、喉切りに行く役は特に危険で大抵数人はけが人が出る」
セイネリアは特に反応はしないが、気にせずアジェリアンはそう言いながら黒い騎士の背中を叩いた。
「俺の場合は槍のせいで喉を狙う必要がないから楽なだけだ」
セイネリアはあくまで冷静に返すが、アジェリアンはその笑顔を崩さない。
「謙遜なんてお前のガラじゃないだろ。武器だけじゃなく、腕と反応速度とお前の馬鹿力あってのものだ」
ただそれにセイネリアが返事を返す間もなく、アジェリアンは言う。
「それで……どうだ、俺の盾捌きは結構なモノだったろ? 守るだけならかなりの自信があるぞ」
キリ悪くてすみません。次回はこの続きで一気にこの日の終わりまで進む予定。