30・地竜2
その姿が見えた途端に、セイネリアとアジェリアンは柵に向かって走っていた。そうして躊躇なく柵を越え、化け物へ向かって走っていく。
「俺の盾で火は防げる。避けられない時は俺の後ろへっ」
言ってとアジェリアンが前に出ようとしたから、セイネリアは大人しく彼の後ろに下がった。それを確認して更にアジェリアンは言ってくる。
「お前は槍を呼んでくれるか、奴は硬くてな、普通の武器だと腹か喉くらいしか刃が入らない」
「分かった」
確かに、化け物の表面は緑色に光っていて硬そうではある。
2人が現場近くについた時は既に蛮族達は戦闘に入っていて、ただ彼らはさすがに戦い慣れているだけあって無暗に攻撃しようとはしていなかった。綱でまずは足止めを狙うらしく、化け物を挟んで二手に分かれ、両脇から綱を括りつけた石を化け物に向かって投げる。勿論、化け物は暴れて長い尻尾でそれを叩き落そうとしたが、運よく左の後ろ足に綱が絡んだ。即座にそれを投げた者と、その周囲にいた者との3人がかりで綱が引っ張られ、化け物はそれ以上前へは進めなくなった。
だが、足一本だけでは押さえるにしても限界がある。
化け物が尚も暴れれば、綱を引っ張っていた3人が綱ごとふっとばされる。それでもかろうじてそこで他の連中が投げた石がそれぞれ化け物の右前足と後ろ足に絡んだから、吹っ飛ばされた連中はそこで踏みつけられずに済んだ。更には、化け物が引っ張られた足に気を取られている間に、左前足にも綱が絡む。さすがに4本中3本の足を抑えられれば、化け物もそうそうに身動きはできなくなる。とはいえそれで安心も出来ない。それも蛮族達はわかっているようだった。
「xxxヴァ、xxxxxっ!!!」
前足の綱を引っ張っている連中の誰かが叫べば、右左、前足を引っ張っている連中の両方が化け物の後方方面へと走り出す。おそらくそれは、化け物の火に焼かれないためだろう。
前足を両方共に後ろへと引っ張られれば、当然化け物は体勢的に不安定になって首が地面に落ちる。
「なかなかいい手際だ」
さすがに現地の人間だけあって奴の討伐には慣れているかと思ったが、倒れた地竜の頭に後ろから近づいていった男が気づいた竜の首の一振りでふっとばされた。
「まずいっ」
アジェリアンは叫ぶと同時に走り出していた。そうして、ふっとばされた先で化け物と正面から向き合ってしまった蛮族の前に立つ。そこから間もなく、化け物の口から火が噴射される。それをアジェリアンは盾で耐えた。
――そういえば、デルガがレイペ信徒だったな。
それなら彼のツテで神官に頼んで盾に継続的な火耐性の効果を付与してもらったのだろう。アジェリアンの盾は見事に地竜の火を防ぎきり、火が途切れた後、彼とその後ろにいた蛮族は無事だった。
ただ、だからといって安堵出来る状況でもない。
火が利かなかったとわかった途端、地竜はアジェリアン達の方へ突進してくる。勢いをつけて頭から突っ込んできたそれを、だがアジェリアンは盾で受け止めた。勿論それで地竜が諦める筈はない、次は左前足を上げて爪で攻撃してくると、その次は右前足、それから体の反動をつけて尻尾での攻撃をしてくる。それを悉くアジェリアンは受け止める。おそらく体のサイズからしてあの化け物は相当の力がある筈だが、アジェリアンは多少は押されることがあってもその場から一歩も引かない。地竜からの攻撃をすべて受けきっていた。
右手が思うように動かなくなった彼は、正確な剣捌きを諦めて力で押す戦闘スタイルにしようとした。だから相当に筋力を上げるための鍛錬をしたのは疑いない。さらにはパーティにおける攻撃役ではなく、パーティを守る盾役になる事を選択したのだろう。
地竜も馬鹿ではないから同じ攻撃だけではなく、角度やタイミングをずらしてどうにかアジェリアンの盾を吹き飛ばそうとしてくる。だがアジェリアンもただ力任せに真正面から受け止めるだけではなく、時には攻撃を横へ逸らし、時には攻撃自体を盾で叩き落し、柔軟に敵の動きに対応して守り切っていた。盾の防御に関して、彼が相当の鍛錬と実践を積んだことは間違いない。
それでも、攻撃をせずに防御だけではいつかは限界がくる。それを分かっていないアジェリアンではない。だが今回、こうして彼が完全に防御に徹しているのは、それでも勝機があるからだ。
まったく、と呟いて。
右手に現れた槍を握りしめると、セイネリアは化け物に向かっていく。アジェリアンは敵の攻撃を防ぐのに集中していてこちらを見てくることはない。普通なら攻撃を耐えつつも、まだ来ないのかとそう訴えてくる筈なのに。
そうしないのは、彼が自分を信じているからだ。
耐えていればセイネリアが魔槍を使って倒してくれると信じ、それをまったく疑っていない。何故そこまで信用するのか、セイネリアには呆れる事しか出来ない。
大きく踏み込み、地面を抉って軽く跳躍する。そうして思い切り横へ引いた斧刃を大きく振り切る。化け物の首を落とすにはその一撃だけで十分だった。
悲鳴は上がらない、血だけが飛ぶ。そうして暫く後、化け物が地面に崩れた音が足裏に伝わる振動と同時にあたりに響いた。
化け物が完全に地面に伏したのを見た途端、アジェリアンは兜のバイザーを上げた。現れた彼は満面の笑みを浮かべていてセイネリアに手を振ってきた。
カワイソウな地竜さんは蛮族からは火トカゲとか呼ばれているそうな。
次回は倒した後の話をカリン視点で。