26・思うこと
「そうか」
だがセイネリアがそれだけを告げると、ガーネッドはまた顔をこちらに向けて得意げな顔をする。
「だから一応、あんたには礼を言っておく。ただ残念ね、本当はベッドで甘く囁いてあげようかと思ったんだけど」
それが冗談だとわかっているから、セイネリアはわずかに鼻を鳴らしただけだった。
「ウチの仲間含めて皆、あんたには感謝してる。あたしは特に……蛮族の血を誇りに思えるようになったから、それもね」
最後の言葉だけは小さく、彼女は後ろを向いた。
「じゃあね、言いたい事だけはいったから、私は大人しく寝るわ」
最後に振り返ってそういうと、彼女は来た方向へと消えていく。
セイネリアは暫く彼女の背中を見てから、また外の風景へと視線を向けた。今日の月は新月に近いヴィンサンロアの月であるから月あかりは弱く、星がよく見える。領主の館であるここではところどころにランプ台が置いてあるからあたりは暗闇という訳ではなく、遠くには警備兵の姿が見えるし耳を澄ませば彼らの声も微かに聞こえる。きびきびとしたその口調やら見回りをしている足音からして、ここの兵達はかなり真面目にやっているようだと思う。
それだけで、このナスロウ領が健全に運営されているというのが分かる。ザラッツも領主として慕われていて、少なくとも彼とディエナがあのままの性格でやっていけるならこの地はまだまだ発展していけるだろうと思う。
セイネリアはふと、自分がそれを嬉しいと思っているのか考えてみた。
当然良い事だと思うし、好ましい状況だとも思う。おそらく嬉しいという気持ちもありはするのだろう。だがそれでも、心が何か浮かれるような、楽しいような、そういう感覚は自分の中をいくら探しても見つからなかった。
自分は確かに好ましいと思う人間が成功したり、報われる姿を見たいとは思っているが、それによってアジェリアンのように心が満たされるタイプの人間ではない、とそれだけは確実なようだった。
その日の朝、隣で寝ていた筈のセイネリアが起きた事で、カリンは目が覚めた。
ナスロウ領に来た翌日である今日の予定は、ザラッツ達と共に国境周辺を馬で見て回る事になっていた。
夕べ遅くに部屋に帰ってきたセイネリアだが、それでも今日は随分と早い時間に起きたらしく、さっさとベッドを出ると窓のところに立っていた。一応はこちらに声を掛けないで主が一人で起きた場合、カリンはまだ寝ていてもいいという事にはなっている。……だからといって勿論そのまま寝ている事なんて出来る筈はないのだが。
「何か見えるのですか?」
セイネリアが窓のところにじっと立ったまま動かないからそう聞いてみれば、彼はやっとこちらを向いた。
「ザラッツは相変わらず朝の鍛錬をしているらしい」
「やはり、真面目なお方ですね」
領主になっても騎士としての習慣を守っている当たり、真面目な彼らしいとカリンは思ってそう答えた。だがそれに、セイネリアは唇を皮肉げに歪める。
「それにもう一人の真面目男も付き合ってる。更に言うともう一人な」
言われて今度はカリンも起き上がってベッドから降りた。そのまま主の横へ行って窓の外を見てみれば、確かに剣を振っているザラッツの横に、彼より少し背の高い男が一人ともう一人、小柄な人物が剣を振っている姿が見えた。アジェリアンとヴィッチェだ。
「アジェリアンの性格上、あんな主の姿を見たら付き合わずにはいられないだろう。ヴィッチェは本気で強くなろうとしているようだな」
確かに、アジェリアンのような真面目な男なら、主の鍛錬に付き合うのは当然だろうとはカリンも思う。そして見たところ、ヴィッチェは自分より確実に強い2人を時折見つつも相当真剣に剣を振っているのが分かる。
そこでアジェリアンとザラッツが軽く手合わせを始めた。
ただそれはあくまで体を慣らす運動程度のもののようで、わざと相手と剣をぶつけ合うようにしているように見えた。というかどうやら、片方がやった動きをもう片方がマネて剣を合わせるという事を交互にやっているようだ。
「楽しそうですね」
思わずそういえばセイネリアは、そうだな、と呟いた。
カリンは彼の顔を見てみたがそこにはやはり表情はなく、主が今、何を感じているのかはわからなかった。
セイネリアはいろいろ考えている模様。
次回もカリン視点の話が続きます。