24・宴会2
おそらく、ナスロウ卿であるザラッツが騎士としてきちんと実力もあって現場が分かる人間だというのが分かった時点で、アジェリアンは仲間達の勧めもあって仕えてみようと思ったのだろう。そうして実際、思った以上に自分の意見と行動でいろいろな成果を出せて、それが出来るだけの環境である事に彼は大きなやりがいを見出した。
まだ出来たばかりであれこれ新しく定めなくてはならない事が多い領地であることも要因としては大きかったと思われる。やれる事が多くて、すぐ目に見えた成果も出やすい。
「そういえば……ここにきてな、考え方が大きく変わったことがある」
暫く遠い目で酒を飲んでいたアジェリアンが、急にそういったかと思うと、まるでそれが何かを当ててみろというような顔で見てくる。
「なんだ?」
だがそう澄まして答えてやれば、アジェリアンは顔をくしゃっと笑みで崩して、それから楽しそうに言った。
「蛮族達の事だ。今までは仕事で……正直、敵としか思っていなかった。いや勿論、蛮族出身というだけで、現在クリュースで生活している者をそういう目で見てはいないが。あくまで仕事で蛮族と聞くと、まず敵という認識しかなかったというだけで……」
「分かってますよ」
これはネイサーに向けた言葉か、その発言で蛮族出身の男は笑ってそう言い返す。
「そうそう、皆アジェリアンがそれだけで差別するような人間じゃないなんてわかってるわよ」
ヴィッチェもそういってネイサーと共に笑う。そういえばフォロがずっとアジェリアンの傍にいるのは分かるとして、ヴィッチェはここで会ってからずっとネイサーの隣にいてよく彼に話しかけていた。例の仕事でもネイサーはいつでも守れるようにヴィッチェの傍にはいたが、2人が話しているのはそこまで多くなかった。
皆に笑ってからかわれる中、気を取り直してアジェリアンは話を続ける。
「……まぁ、そうだったんだが……ここでは普通に蛮族達と挨拶を交わして品物の取引をしていて、国境周辺に厄介な化け物が出た時には互いに兵を出して協力して倒したりもした。なんというか、こんな風に彼らと仲良くやっていく事も可能なんだとと思ったら、目からウロコというか、彼らを見る目が変わった」
セイネリアは酒を一口飲んでからそれに返した。
「確かに……そうなるだろうな」
例の件で複数の部族と話し合い、彼らに協力もしたため、この周辺の蛮族達は基本的には友好的だ。元からこの地は蛮族達の仲裁役であるラギ族の村が近いのもあって近年はあまり襲撃はなかったところだが、それでも以前は農地を荒らされたり家畜を持っていかれたり、守備兵と出会いがしらの小戦闘が起こったり等はあった。
それが現在は、蛮族達が堂々と領地に入って取引を出来るようにしているからか、攻撃的な部族を他の部族が止めているようでまったく敵対行動を起こしてくる蛮族はいないそうだ。勿論、質の悪い数人が問題を起こす事がない訳ではないが、それは同族の連中が責任をもって制裁してくれるらしい。
「それで、彼らとのやりとりのために蛮族出身の冒険者を積極的に雇う事にしたら、よく働いてくれてしかも皆楽しそうなんだ。蛮族側でも噂を聞いた新しい部族の者が商売にやってくるようになって、それを目当てに首都の商人もやってくるようになった。目に見えて日に日に広場が賑やかになっていく。本当に……ここは良い地だ」
アジェリアンは上級冒険者となるだけの実力があったが、好きで戦闘をしたがるような人間ではない。むしろ人々が楽しそうに平和でいられるために強くなったから、蛮族達と敵対せず友好関係を保っている今に不満はないのだろう。
「蛮族達特有の品物が入ってくるというのは、この地のいい強みになる。その方向でやっていけばここの発展は早いと思うぞ」
セイネリアがそう言えば、アジェリアンはまた嬉しそうに赤い顔でくしゃっと笑う。どうやら前より酒に弱くなったのか……いや、もしかしたらリハビリ中、この男の事だから酒を断っていてそれで弱くなったのかもしれない。
「お前もそう思うか、俺もそう思って蛮族達とは積極的に連絡を取るようにしている」
「特にラギ族の村には、時々土産付きで使者をやって蛮族達の近況を聞いておくといい。あそこの族長は各部族に顔が利く、あの部族と友好関係を築いておけば、注意した方がいい部族の情報も事前に知らせてくれるだろうし、蛮族関連のトラブルの相談にも乗ってくれる」
「あぁ、今はガーネッドが定期的に行ってくれている。たまにネイサーとヴィッチェも行ってもらっている。俺も一度だけ行って挨拶をしてきた」
この男の事だ、礼儀として一度きちんと挨拶をしてきたというところだろう。こういう義理堅いところがアジェリアンらしいと思うところだ。
「いくら順調に発展して行っているとはいっても、出来たばかりの領地ではまだ足りないものだらけだろ。戦力的にも、防衛施設的にも心もとなくて大規模な戦闘はしたくない。なら今は出来る限り蛮族達とは友好路線を維持していくべきだ」
「あぁ……そう俺も思ってる」
それからアジェリアンはグラスに残っていた酒を一気に飲み干すと、ニカっと笑ってセイネリアの背中を叩いてきた。
「だがな、蛮族達が大人しくしてくれているのはやはりお前の存在がデカイんだ。蛮族達に対してセイネリアという名の効果は絶大だぞ。血の気の多い部族の連中でも、お前を敵に回したくないから大人しく交渉の場についてくれる。お前を馬鹿にしてイキがる奴がいれば、他の部族の連中がお前がどれだけ強いかをすごい勢いで言い聞かせてるくらいだ」
確かに、強さこそが正義という部族にとってはセイネリアの名が一番の抑止力にはなるのかもしれない。それを利用してこの地が蛮族達と付き合っていても、セイネリアとしてはまったく問題はない。実際に、何かあれば『仕事』として受けてここへ来る可能性はあるのだから。
「だから、そういう意味でもお前には感謝してるんだ。少なくとも、お前がいなければ俺がここでこうして皆と笑っている事はなかった」
だが、自分と会っていなければそもそもアジェリアンが右手の怪我をしなかった可能性もある――そうは思ったが、それを口に出す事はしなかった。アジェリアンならそれもわかっていてこちらに礼を言っている。わざわざ言う必要はない。
だから何も言わず酒を飲めば、皆も黙って酒を飲む。そこでヴィッチェが唐突に立ち上がった。
「……まぁったく、アジェリアンてば本当に真面目過ぎ、そんなに何度もお礼言って堅苦しい雰囲気出してたら楽しい話が出来ないじゃないの。折角のお酒の席なのよ、もっと楽しくやりましょうよ」
言ってから彼女は、どうよ、とでもいうように得意げにセイネリアの方を見る。セイネリアはそれを無視したが、横でカリンは軽く笑っていた。
「あぁヴィッチェ、確かにそうだな、うん、折角の酒だ楽しく飲んだ方がいい」
それでまた皆がわっと声を上げて、以後はヴィッチェやデルガ、ラッサ達が主にナスロウ卿に雇われた後に起こった出来事を武勇伝風に語り出して場を盛り上げた。一応こちらの近況も聞かれはしたが、大抵は彼らが聞いた噂を肯定してやるだけだったし、基本的にはセイネリアは聞き役をするだけで済んだ。
宴会はここまで。次回は宴会後のちょっとだけエピソード。