23・宴会1
ナスロウ卿となった後、ザラッツはセイネリアによく近況報告の手紙を書いてよこしてきた。特にかつての仕事仲間達の向こうでの仕事ぶりに関しては、こちらが提案したのもあって気になると思ったのだろうかひとりひとり、どんな仕事をしているか等と書いてはその度に礼の言葉を入れていた。
だがそんな中でも、一番感謝されたのはアジェリアンに関しての事だったかもしれない。
セイネリアが言った通り、ナスロウ領が出来てから2年後、ヴィッチェ達はアジュリアンをどうにか説得してナスロウ領に連れてきたらしい。
とはいえアジュリアンは性格的に、来て即役職をもらう事は辞退した。そうして一般兵と一緒に地味な領地内の巡回や工事の手伝い等をしていたらしいが、どこでも自然と周りの人間に頼りにされ、いつのまにかそこでのリーダーになっていたという。それを見てから改めてザラッツが役職を受けて欲しいと頼んだ事でアジュリアンもそれを受けた。その後も役職が変わる度に周りの者達から評価されて、今では彼はナスロウ領の守備部隊の責任者であり、ザラッツの良い相談相手になっていた。
強いだけの人間なら強い冒険者を雇えばいい。だが真面目で信頼出来、人々をまとめられるリーダー気質の人材なんてものは、なんの下地もない新規領の領主にとってはなによりも欲しい存在だ。だからザラッツは、ヴィッチェ達に自分の部下になるよう勧めてくれた事や後でアジェリアンを呼ぶように言ってくれた事を、馬鹿丁寧とも言える文章で何度も手紙で感謝してきていた。
ザラッツにとっては、ディエナとはまた別の角度で意見をくれる相談相手は何より嬉しかったに違いない。そしてアジェリアンに関しても、真面目で努力家なザラッツは主と呼んでも構わないと思えたのだろう。
「本当に……世の中どうなるかわからないものだな」
アジェリアンはグラスの中の酒を見つめて呟くと、その酒を一気にあおった。
「アジェリアン、飲みすぎはだめです」
「あぁ……いや、ただの景気づけなんだが」
リパ神官のフォロに言われて途端弱気な顔になるアジェリアンに対して、彼の前からの仲間達が野次を飛ばす。
「アジェリアン、やっぱフォロには弱いなぁ」
「完全に尻に敷かれてるわな」
口々に言われてアジェリアンが顔を赤くする。
フォロとアジェリアンは現在夫婦となっていた。だから皆遠慮なく揶揄う訳だが、その中で一緒になってヴィッチェが笑っているところを見ると、彼女はちゃんと吹っ切れているのだろうとセイネリアは思う。
ナスロウ領についたその夜、ザラッツは気をきかせてセイネリアの知人である部下達とセイネリア達だけでの宴会の席を設けてくれた。自分がいるとハメを外せないし、自分はセイネリアとグローディで先に話は出来たからという事で、最初からそのつもりで準備させていたらしい。
もちろん真面目なアジェリアンは主に気を遣わせるのも、主抜きで客人と宴会なんていうのにも素直に了承はしなかったが、最終的にディエナが命令だと言って了承させたという事だ。
「だからっ、折角いろいろ話があるんだ、皆今日は茶化すのは控えてくれ」
いつまでもアジェリアンを弄って盛り上がる連中に、彼はそう言って黙らせるとセイネリアの方を向いて真っすぐ目を見てくる。相変わらず本当に真面目で、融通の利かない男だとセイネリアは思う。
「俺はお前に、改めて礼をしたかった。お前には……本当に世話になった。正直、どれだけ礼を言ってもいい切れない。だから、感謝してる、本当に……有難う」
アジェリアンはそう言って深く頭を下げた。……だけではなく、そのまま頭を上げずに止まっていて、しかもその肩は震えていた。まったく、真面目過ぎてどこまでも義理堅い男である。だがそういう男だからこそ人望があって皆に慕われている訳であるし、セイネリアも彼の復帰を望んだ。
「言っておくが俺は何もしていない。お前が今の地位にいるのはすべてお前自身の努力の結果だろ」
それは謙遜でも世辞でもなく事実だった。アジェリアンが冒険者として復帰出来たのも、ナスロウ領で重職についたのも、すべて彼が努力した上で信頼を勝ち取った事であってセイネリアは何もしていない。
「いやだが、そもそも……」
乗り出して反論しようとした彼に、セイネリアはじっとその目の見て言う。
「俺は提案をしただけだ、行動をしたのはお前自身とお前の仲間達だ」
言えばアジェリアンは暫く黙って困惑顔を晒していたが、急に表情を和らげて笑うと姿勢も崩した。
「分かった、今はそういう事にしておく。……だが、本当に感謝してる、いつか何かお前に返せることがあれば返すと覚えておいてくれ」
「分かった」
さすがにセイネリアも、そこまで言われて意固地に否定する気はなかった。それにここでまた否定をすれば、アジェリアンがムキになって食い下がって無駄に時間を食う事になる。彼と話すなら聞きたい事は他にもある、不毛な会話で時間をつぶす気はなかった。
「……礼を言ってくるという事は、現状はお前にとって満足出来る状況だという事か」
確認するように言ってみれば、アジェリアンは酔いのせいか少しだけ目元を赤くしたまま表情を引き締めた。
「あぁ……正直を言うと、俺は冒険者として上を目指したいとは思っていたが、騎士になって上級冒険者になれた時点でほぼ満足していた。上を目指すと言っても、偉い奴に仕えて地位と名誉を得るなんていうのは考えた事もなかった。これはまぁ、ロクでもない貴族様ばかり見ていたせいもあるがな」
最後の一言は軽く茶化して。そうすれば周りの彼の仲間達も笑って、違いない、等と同意の声を上げる。
「だがな……地位があるとやれることが増える、いや、今までと同じ事をしていてもその行動の影響が大きくて……多くの人たちの役に立つ事が出来る。今まで気になっても権限がないから無視せざる得なかった事も変えられる。我が主は、部下の意見を真剣に聞いて下さるお方だから、俺の意見や行動でこの地にいる人たちや兵が報われる姿を見るのが……楽しくてたまらないんだ」
目を細めてそう答えるアジェリアンは本当に満たされた顔をしていた。
出身の村にいた時代から小さい子供の面倒を見たり、村の警備の指揮を取ったりしていたという彼は、おそらく他人の喜ぶ姿にやりがいや喜びを感じるタイプの人間なのだろう。もとから冒険者として彼が多くの人間に慕われていたのは、その気質故の面倒見の良さのせいだと思われる。勿論、それが出来るだけの実力あるからなのは言うまでもないが。
そういう男にある程度の地位と権限を持たせてやれば、トップは自分の目の届かないような下の連中の事を心配する必要がなくなる。上にいる人間にとってはありがたいし、本人もやりがいがあってより能力を発揮できるという訳だ。これで上が嫉妬深かったり疑いクセのある人間だと台無しだが、ザラッツならその心配はない筈だった。
サブタイトルの重複は気にしない方向で(==;
アジェリアンの事情はダイジェストというか、地の文での説明ばっかりで終わらせてすみません。
アジェリアン達との宴会は次回まで。