4・罪人達の最期1
セイネリアの執務室はかなり広い。エルはカリン達のためにセイネリアの机の正面を空けて、部屋の隅に立っていた。
――ったく、今頃になってあのジーサンの名を聞くとは思わなかったぜ。
リパ神官モーネス。エルもあの老リパ神官の事は当然覚えていた。そして終わった後のセイネリアとのやりとりも……いろいろあった分、忘れられるものではなかった。
彼等がこちらを見殺しにして武器を奪うつもりだった――という事が分かっても、セイネリアは彼等を罪人として事務局に訴えなかった。それが不満で、エルは仕事が終わった後にセイネリアにどういう意図でそうしたのか聞いたのだ。
セイネリアはモーネスを善人だと言った。罪を犯すのに罪悪感を感じられる真っ当な人間だと。そんな人間が罪を犯すのなら、自分を正当化できるだけの理由があると。それが孤児院のためだったというのは後で分かった訳だが、セイネリアが彼等を訴えなかった理由はそれだけではなかった。
早い話セイネリアは、モーネス本人達に自らの罪の裁きを任せたのだ。……後から考えてエルはそう結論を出した。
あの時点で訴えても、犠牲者が出ていない段階でモーネス達は大した罪にならない。セイネリアはそれが気に入らなかったようだった。軽い裁きで許された気になるのは許せないという理論らしい。
ただセイネリアは言っていた――あのまますっぱり彼等が犯罪を止めるのなら罪を悔い改めた事になって誰にとってもいい結末で終わるが、もし再び同じ事をすれば最後は必ず失敗して、事務局に裁かれるよりも重い罰を受ける事になるだろうと。
思い出してもあの時のセイネリアの言い方は、彼の中にある暗闇を見たようでぞっとした。
最後に言っていたセイネリアの予言めいた発言を聞いているから、エルとしては彼らがどうなったのかはかなり気になっていた。だからその時のエルに、話を聞かないという選択肢はなかった。
「ラダー・ベルゼックです。セイネリア・クロッセス、貴方に頼みがあってまいりました」
ラダーという男は入ってくるなり、そう言ってセイネリアの前に跪くと、深く頭を下げた。……確かに、カリンの言った通りいかにも真面目そうな人間だ。
「それよりまず、モーネスから何と言われてここへ来た」
男はそれで顔を上げる。セイネリアの顔を見て怯えた目をしてはいたが、視線はそらさなかった。
「モーネス様は最後に、もしどうやっても解決が無理だという問題が起こったら貴方に助けを求めてみるよう言っていました。ただし、相応の代価と覚悟は必要だろうとも」
何故あの老神官はセイネリアが助けてくれると思ったのか。まさかあの状況でさえ許されたからか……とエルは思ったが、それなら相応の代価と覚悟なんて脅しは入れないだろうとも思う。
「あのジジイは死んだのか?」
セイネリアは平坦な声でそれだけを返した。
「はい」
「死因は?」
「病気です」
当時の年齢と、そこからの年月的にあのジーサンが死んでいる事自体は驚く事ではない。だが次にセイネリアが言った言葉で、ラダーという男の顔が大きく変わった。
「ソレズドはどうした?」
「――っ」
ギリ、と歯を噛みしめて、大柄だが穏やかそうに見える男は怒りを顔に浮かべた。
「ソレズドのせいで、モーネス様の孤児院が……今回、助けて頂きたいのはそのためです」
「そうか。なら頼みたい事とやらを話せ」
「はい――」
それで大柄な男は事情を話しだした。
モーネス亡きあと、孤児院はずっと金銭的に厳しかった。それでも孤児院出の冒険者となった者達が少しづつ金を入れてくれていたからどうにか続けられていた。だがその中でソレズド――孤児院出身で上級冒険者にまでなった彼は院の中で皆から尊敬されていたらしい――が大金を持ってきてくれた。
皆は喜んだ、だがそれが問題の始まりだった。
暫くして、ソレズドと彼の仲間だった者達の死体が西区で見つかった。しかも綺麗な死体ではなく、死ぬ前に散々痛めつけられたというのが分かる酷い有様の死体だった。その後孤児院にいかにもガラの悪そうな連中がきて、ソレズドが渡した金を返せと言ってきた。そいつらはソレズドを殺した連中で、彼等の話すところではソレズドが持ってきた大金は彼等の仲間を殺してその装備を売り払ったものだったらしい。
だがソレズドが持ってきた金は借金の返済や子供達の服や食事等に既に大半使ってしまっていて返せる状態ではなかった。
少しづつ返すと言ってもとりあってもらえず、金が返せないなら子供達を売り払うと言い出して、とにかく今は期限まで待ってもらっている状態ということだ。
――結局、やっぱセイネリアが予想したのと同じようにはなったのか。
彼等の最期の話を聞けば、エルとしては真っ先に思い出すのはあの時セイネリアがしていた彼等への予想だ。
エルはモーネスもソレズド達も、全員がきっぱり手を洗ってくれる事を願っていた。最初はムカついたが孤児院の話を聞いてからは、子供達に尽くすことで償い代わりになるだろうと自分を納得させられていたのだ。
だが結局はほぼセイネリアの予想通りになった。
このシーンは次まで。