28・盗賊と黒い戦士
縛りあげた男を騎士が引きずって、カリン達もまた敵の拠点である小屋に向かっていた。冒険者の落ちこぼれともいえる盗賊の男は、少し脅せば簡単にアジトの場所を吐いた。とはいえ脅したのは騎士ザラッツで、どんな顔をして脅したのかはカリンには見えなかったが。ともかく早く主のもとへ向かいたかったカリンとしてはそこはあまり気にせず、ただ彼に対して見かけ通り人の良さそうな男ではないのだろうという確信はあった。
森の中を歩き、木と木が密集する先に開けた場所が見えてくれば、金属と金属がぶつかる音と人の声が聞こえてくる。
「丁度いいところのようですね」
先を歩いていたザラッツが言って、カリンは木々の先に向かって走り出す。そうして見えた光景に、カリンは即向かおうとした。
だが……そこで背後から聞こえた悲鳴で、カリンの足は止まる。
「殺したのですか?」
振り向けば、先ほどまで引きずっていた男から手を離し、ザラッツは剣から血を払っているところだった。その下には当然ながらここまで道案内をした盗賊の男が絶命して倒れている。
「……はい、もう用はありませんから。連れていたら邪魔でしょう」
罪悪感もなにもない声で騎士は答える。カリンは僅かに顔を顰めたものの、終わった事をどうこういう無意味さも分かっているからそのまま前を向いて主の元へ向かおうとした……けれども。
「よしたほうがいい」
今度は腕を掴まれて、カリンはまた振り向く。
止めた騎士に視線で抗議すれば、彼はまったく焦った様子を見せずに何処か楽しそうな声で言った。
「よく見てください。へたに貴女が行けば邪魔になりますよ」
主のもとへ早く行かなくてはとしか考えていなかったカリンだったが、言われて冷静に見れば騎士の言う言葉が正しい事を理解する。
聞こえていた声は盗賊達の悲鳴だけだった。
主の声は聞こえない。けれど動いているのは主である黒い男だけと言っても間違いではなかった。
全身を黒で固めた男――セイネリアが持つのは、禍々しい力を感じる大きな斧刃を持った斧槍。それがくるりと宙で回る度に血が飛び散って何者かの命が消える。既に盗賊達は戦意を喪失し、逃げようとしているものが殆どだった。それでも逃げられず、無抵抗に近い状態で倒れていくのは恐怖で足が竦んで逃げられないからだろう。
「確かに彼は、あの槍を持つのに相応しい人物ですね……本当に、強い」
兜に隠れた騎士の顔は見えない。だがどこかうっとりとした響きのある声にカリンは生理的な嫌悪感を感じた。あの禍々しい槍といい、それを讃えるようなこの男の言動といい……そして盗賊の男を殺したことといい何か嫌なものを感じたが、それでもその槍を使うセイネリア本人の顔がどこまでも冷静であったことにカリンは安堵した。逃げ惑う命を刈り取る死神のような黒い男の顔には戦いの高揚感は微塵もなく、どちらかといえばつまらなそうな、忌々し気にさえ感じる無表情があるだけだった。
やがて、聞くに堪えなかった盗賊達の声は消える。
その場に立つのは黒い男一人になる。
主の表情が読めないカリンは、どう声を掛けるべきなのか分からず立ち尽くすしかなかった。だがそのカリンを押しのけてザラッツはセイネリアに向かって行った。
こういうシーンをぶった切ると申し訳ないなと思いつつ……このシーンは次回へ続きます。




