57・先生
セイネリアは魔法使いが嫌いだ。
カリンはセイネリア本人からそう聞いていたし、何か魔法使いがらみの話になるたびに、『これだから魔法使いは』という言葉を彼本人から何度も聞いた事がある。
けれど、あのケサランという魔法使いの事は少なくともかなり信用をしている。セイネリアは他人に弱みを作らない人間だから、信用しない者には借りを作らない。その彼が嫌いな魔法使いであるケサランに何度も頼み事をするというのは、相当にあの魔法使いを信用しているという事である。
「話は終わった、帰るぞ」
言いながらセイネリアがカリン達の方に近づいてくる。魔法使いケサランは直後に姿を消したから、彼の用事は確かに済んだのだろうと思う。
「あのっ……私が前を歩きます」
当たり前のようにセイネリアが先頭で街に向かって歩き出せば、急いでカリンの後方に控えていた部下のネルワがセイネリアの前に向かう。セイネリアはそれを黙ってみていたが、そのままネルワに前を任せてカリンの横についた。
「俺が前の方が安心できるが……ま、ここならあいつに任せても問題ないだろ」
「そうですね」
「その方が、帰りながら話も出来る」
「はい」
いつものセイネリアだったら『俺を守る必要はない』とネルワを下がらせるところだったろうが、大人しく下がったのは話があるからだったらしい。
勿論ネルワの腕を認めているというのもある。彼女はワラント時代からの人間で腕もいいし、何より信用が出来る。もしこちらでの話が聞こえていたとしても他言しない。
「……で、どうだった?」
セイネリアのその言葉を合図に、カリンもそこから部下としての報告モードになる。
「はい、ウールズ・ラソンという人物は存在していましたが既に死亡していました。死体も確認されています」
「やはりそうか」
「エリーダが本人を見たことがあるという事で確認しましたが、特徴からしてボスから聞いていた人物とは別人だと思われます」
そこで彼は顎を軽く撫でて、ひと呼吸おいてから聞いてくる。
「エリーダに、偽物の特徴を言ってみたか?」
「はい」
「心当たりのある人物がいると言っていなかったか?」
「ハッキリはいいませんでしたが、少し考えている素振りはありました。なので『犬』の中にそういう人物がいるか聞いてみました」
「結果は?」
「似たような者がいるかもしれない、だそうです」
それを告げると、セイネリアは喉を軽く鳴らした。
「彼女的にはそれが限界だろうな」
「そうですね」
エリーダはこちらに対して好意的ではあるが、当然ながらボーセリングの犬としての立場の方が優先される。それでそこまで教えてくれたのだからかなりのサービスだ。
「とにかく、これで奴が嘘をついていないのは確定した。ご苦労だった」
セイネリアもボーセリング卿側の事を調べていたはずだから、『奴』というのはそれ関連の情報を持ってきた人物だろうか? カリンは僅かに眉を寄せて主を見た。だが彼はカリンが疑問を持っているのを分かっていて話を切り替えた。
「ところでカリン、ボーセリングの犬達を鍛えていたという『先生』についてどんな人間だったか聞きたいんだが」
カリンは驚いた。『先生』の話はセイネリアの下に来て間もなく、ボーセリングの犬としてどのように育てられたか聞かれた時に話したきりで、何故今更としか思えない。しかもその時のセイネリアはそこまで興味深そうに詳しく聞き返してもこなかった。
それでも、主に聞かれたならカリンは答えるしかない。
「とても優秀な方で、基本無表情で淡々と話していて、失敗したら出来るまで同じ事をやらされましたが怒る事はありませんでした。厳しくはあっても、本当に無理だという状況や危険な時は助けてくれましたから、根は優しい方、だったのかもしれません」
「……だが、どこか不気味で得体が知れない、怒らないというより感情がなさそうで、自分の事さえどうでもよさそうに見えるのに、時折ふいに狂気じみた笑みを浮かべる」
セイネリアに言われて更にカリンは驚く。まるで会ってきたかのように適切すぎる表現を聞けば、当然聞き返してしまう。
「会われたのですか?」
「あぁ……オカシイ類の人間だが、ボーセリングのタヌキ親父よりはマシだな」
それでもその時のカリンはまだ、まさかセイネリアにボーセリング側の情報を流している『奴』の正体が『先生』だとは思いもしなかった。
次回はアディアイネとあった時の続きの話(回想)。