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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十八章:傭兵団の章二
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19・他人を教えること

 エルの襲撃騒ぎがあった翌日も、傭兵団は表面上特に変わりはなかった。

 セイネリアはいつも通り、午前中の鍛錬をするため訓練場へと向かっていた。

 エルも変わらず、早い時間からアッテラ神殿へ行った。今日も普段と同じように一人で神殿へ向かったエルだが、勿論見えないところに情報屋の人間がついているのは変わらない。敵側も一度失敗しているから、一人に見えても次は簡単に手を出してこないだろう。ただそれでも今度は警戒して、少なくとも大通りに出るまではエデンスに見てもらう事にもしてあった。


 セイネリアが訓練場に出ていけば、その場にいる人間達の緊張が伝わってくるのは相変わらずだ。だがそんな中で一人だけ、場違いな程嬉しそうな声を上げる者がいた。


「マスター、鍛錬ですか?」


 あぁ、と答えれば、リオは嬉々としてこちらにやってきて、今自分がやっている鍛錬方法について話してくる。それを聞いてセイネリアがリオと一緒に歩き出せば、他の連中が安堵するのもまた、いつも通りだ。


「重りをつけるのはいいが、今のは少し重すぎだろ」


 そう言ってみれば、リオは自分の腕を上下に動かしながら考える素振りを見せた。


「これくらいないとそうそう力がつかないかなと思ったんですけど」

「そういうのは徐々に上げていくものだ。いきなり重いので始めると筋肉を傷める可能性もあるし、バランスを崩して従来の動きとは違うへんなクセがつく事もある」

「そうですか……分かりました」


 リオは自分の考えも言うが、セイネリアの言う事には素直に従う。


「焦らなくていいぞ、確実に成果は出てる」

「はは……自分ではそこまで自覚がないのですが」

「それはお前の気が急いているせいだな、さっさと強くなりたいと焦り過ぎだ」

「それは……否定できません」


 この男のすごいところはセイネリアに対して、本気で裏表なく純粋に尊敬の目を向けられるところだろう。騎士にまでなった者なら相応のプライドがあるものだが、彼は最初からセイネリアの実力を認めて自分の弱さを自覚し、強くなろうとしている。こういう人間は伸びるから教えるのがおもしろい。


――もしかしたら、ナスロウのジジイが自分を教えていた時もこんな気分だったのかもしれないな。


 もっとも、セイネリアはリオのように素直ではなかったし、憎まれ口ばかり叩いていたから反応は真逆で可愛げなんてまったくなかったろうが。

 ただ、あのジジイがやれと言った事は言われた以上にやっていたし、その成果を見せてやればジジイはいつも呆れながらも嬉しそうに笑っていた。基本褒めるよりあれこれ文句をつけてくるばかりだったが、それでも自分を鍛えている時のあの老騎士の顔はいつも楽しそうだったと記憶している。


 ただし、ナスロウ卿の場合は衰えるしかない自分の技術を託すためにセイネリアを鍛えたが、セイネリアの場合は……もうこれ以上強くなることもない自分の代わりに彼の変化を見たくて教えていると言えるだろう。


 結局のところ、一定期間体に負荷をかけて鍛えてみた結果として、やはりセイネリアの体は何も変わらなかった。つまり、どれだけ怠けても衰えない代わりに、どれだけ鍛えてもこれ以上体が強くなることはないという事だろう。分かってはいたが確定すればまた精神に重りが追加されたかのような気分になるのは仕方ない。

 何もかもがムカついて何もしたくなくなるが、それでも投げて諦める自分が許せないからどうにかこうしていられる。そしてその中で、リオの素直すぎる反応と強くなっていく過程を見るのが自分にとってかなりのところ気晴らしになった。


「マスター、どうかしましたか?」


 どうやらリオは、剣を振り始めたのにセイネリアが何も言おうとしないから不思議に思ったらしい。

 セイネリアは思わず、枯れたジジイのような事を考えていた自分に自嘲する。


「いや、重りはそれくらいでいいだろう。そのまま続けていろ」


 それでほっとしたのか、嬉しそうにリオは返事をすると剣を再び振り始めた。

 実際のところ団に入った時点では、騎士というにはリオの技能はそこまで高いとは言えなかった。彼の性格込みで思うところがあったのと、なにより自分を真っすぐ見て受け答えが出来たから使えると判断した。


「リオ、一度重りを全部外してみろ」


 言えば彼は剣を止めて、目を丸くしてこちらを見てくる。それでも反論はせずすぐに重りを外しだすから、その素直さにはこちらが苦笑してしまうくらいだ。


「それでもう一度剣を振ってみろ」


 言われた通り、リオはそれで剣を振り出す。そうしてすぐに彼の瞳が嬉しそうに輝いたから、彼も気づいたのだろう。


「明らかに前より速くなってる。それに軽いだろ?」

「はいっ」


 恐らくリオはセイネリアに言われた以上に鍛錬をしている、だからこその成果だろう。軽いのが楽しいのか、嬉しそうに剣を振るリオを見ていればセイネリアでさえ唇が緩む。


「懸命に鍛錬をするのはいいが、体の異常を感じたら無茶はせずにエルなりリパ神官の誰かに見て貰え。お前は放っておくとキリなく鍛錬をしていそうだ」


 図星なのかそれに罰が悪そうに笑ったものの分かりましたと答える男を見て、セイネリアも剣を抜いて少し体を動かす事にした。たとえ鍛錬としては意味がなくても……体を動かす事自体が多少は精神を落ち着かせてくれる。少なくとも、黙って座ってロクでもない事を考えているよりは楽しいとはいえた。


日常風景回?

次回はセイネリアがボーセリング卿のところへ行きます。


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