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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十八章:傭兵団の章二
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6・アッテラ神殿にて

「んー、確かにちと久しぶりかも、な」


 首都にある神殿としてはリパの次に大きいアッテラ神殿の前にきて、エルは自分の得物である長棒で肩を軽く叩きながら苦笑いをした。


 この国の国教である三十月神教の神官は、実は正式には正神官と準神官に分けられる。正神官は特定の神殿に所属して働いている神官で、準神官は神殿外で自由に行動している神官の事である。つまり冒険者の神官は全部準神官である訳なのだが、そんな事は皆分かっていて当たり前なので普通は単に神官と呼ぶ。

 ……まぁ、神殿に尽くす連中を持ち上げるためにそういう名称差をつけているんじゃないかと言われているくらいで、高位の者でもない限りは能力的に違いはない。ただ立場と守るべき規則が違うだけだ。

 ちなみに準神官は特定の神殿に所属している訳ではないが、勿論神官として神殿でいろいろやらないとならない義務はあるし、逆に自分の神の神殿であればどこででも寝泊まり等、いろいろと恩恵を受けられる。


 という事で戦いの神アッテラ神官の場合は、どこのアッテラ神殿であっても神官ならそこで鍛錬が出来る、というのが一番の特徴である。なにせ信徒は肉体を鍛えるべしという神様なので、神殿内には訓練場があって常にいろいろな人間が鍛錬をしている。神殿の偉い人間達は当然相当の猛者ばかりであるので彼等に教えを乞う事も出来る。

 勿論神殿の仕事をこなせば衣食住は保証してくれるので、準神官でも神殿に暫く篭って鍛錬をする……というのは割とよくある事だ。訓練に来る者が多いという事はいろんな人間と手合わせを出来るという事でもあるので、準神官でもアッテラ神官は神殿に頻繁に行く者が多い。


 ちなみにエルは、セイネリアが傭兵団を作る前は首都のアッテラ神殿に寝泊まりしていた。ちょっとのお仕事で衣食住が無料になるのだから、金のない駆け出し冒険者の神官ではアッテラに限らずよくある事である。

 セイネリアが団を作って建物が出来てからは、そちらに部屋を貰って自分用の個室のベッドで寝る贅沢を満喫していた訳だが、それでもちょくちょく神殿には顔を出してはいた。だから別に、エルが神殿に顔を出したからといって不審に思われる事はないし、体が鈍ったから鍛えたいと言っておけば暫くは毎日通ったっておかしいと思われる事はない。


「お、エル、久しぶりじゃねぇか。お前、例の傭兵団で今忙しいんじゃないのか?」


 元々はここによく顔を出していただけあって、中に入ればすぐ顔なじみに会う事になる。


「おー、ギエン、久しぶりだな。まー……忙しいんだけどよ、なんてーかこーちょっと偉くなっちまうとさ、へたに部下の前で鍛錬とかも出来なくてよ。こー思いきり人目を気にせず体動かしたくてこっちきたんだよな」

「成程なー、偉くなるといろいろ不自由も出てくるもんだな」

「まーなー、俺ァ堅苦しいのは嫌いだからよ」

「だろーなー」


 アッテラ神官、というか信徒は考えるよりは鍛えろという感じで、基本的には脳筋、つまり単純な人間ばかりである。だから『なにも考えず体動かしたい』という理由だけで皆簡単に共感して納得してくれる。

 だからこそ、かつてはパーティーの人間関係で気疲れして神殿に帰ってきた後は、単純馬鹿連中との馬鹿会話に癒されていたりもした訳だが。


「お、なんだエル、今日はどうした?」

「久しぶりだなおい、噂は聞いてるぞ、随分偉くなりやがって」

「おーエルか、久しぶりじゃねぇか。なんだぁ、お前んとのこのボスを怒らせて逃げてでも来たのかぁ?」


 ここには知り合いが多いから、立ち話なんてしていれば次々声を掛けられて人数が増えていくのは仕方ない。

 しかも脳筋馬鹿どもは話しかけてくるだけではなくちょっと過剰なスキンシップもあるから、背中を叩かれたり、後ろから首を軽く絞められたりくらいは当たり前である。エルは現在成人男性の平均くらいの身長ではあるのだが、ここにいる連中は平均よりデカイのが多いからやたらと上から頭をぐりぐりされるのはもうお約束だ。


「おう、久しぶりだなっ」


 だからそういう連中には、こちらも遠慮なく蹴りや肘打ちを入れたり棒で小突いてやる。ちょっとやりすぎて腹を押さえているやつもいるが、それで怒るような連中じゃないのは分かっているから問題ない。


「まーいろいろストレスあって体動かしに来たんだよ。あ、ちなみにウチのボスを怒らせてたらこんなとこ来れてねぇよ」

「やっぱそんなにヤバイのかセイネリアって奴は」

「おー、どんだけ自信があって絶対敵に回すなよ、俺も助けてやれねぇからな」

「貴族様でさえ名前を聞けば震え上がるっていうのも本当か?」


 セイネリアの噂が立ち始めた辺りの頃は、戦ってみたい等、威勢のいい事を言っていた連中も多かったが、最近の噂はシャレにならないモノばかりだからさすがにその手を言い出す者はいなくなった。


「おうよ、馬鹿みたいに強いだけじゃなく、怖ェ程頭も回っからな。戦わずして相手を破滅させる事も出来るから貴族様も怖がるんだよ。だっからお前らみたいな馬鹿は絶対手ぇ出すなよ。ちなみに大袈裟じゃねぇかって思うような噂も大抵は真実だぞ」


 そこまで言えば全員の顔が引きつる。

 ごくりと喉を鳴らす音も聞こえて、エルはやれやれと首を左右に振って音を鳴らした。エルとしては彼等を友人だと思うからこそ脅しておいてやっているのだ、セイネリアに関しては大いに怖がっておいてもらいたい。


「しかしそんだけの奴だと……やっぱ相当恨みかったりもしてるんだろうな」


 それを言ってきた男の顔をちらと見てから、エルは大仰に肩を竦めてみせた。


「まぁそりゃな。ただあいつに復讐しようなんてのはまずいねぇよ、そんくらいあいつはヤベェんだよ。マジであいつに手ぇ出そうなんて思わねぇ方がいいぞ、もしそんな事を言い出す奴がいたら止めてやるのがそいつのためだぜ」


 言いながらエルはその場にいる面々の表情を確認した。


次回はセイネリアとリオ……はちょっとでクリムゾンとの話。

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