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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十七章:傭兵団の章一
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68・許可

 翌朝、ラスハルカはシェナン村に戻っていった。とは言っても、彼も今日中には村を出て行くそうだ。メイゼリンから貰ってきた仕事の終了証明書は渡したから契約は正式に終了した事になる。なら彼がここにいる理由はもうない。次はどうするかなんて話はしていないから、彼がどこへ行くのかセイネリアは知らないし聞きもしなかった。

 ただ一応、仕事の連絡は取れるように冒険者の登録番号は聞いておいたから、何かあったら声を掛けて仕事を頼む事もあるかもしれない。剣士として動けるアルワナ神官だと思えば仕事仲間としてはかなり使えるし、信用の方も彼の役目に反しない事なら問題ないだろう。


「で、お前はあいつが気に入らないのか?」


 クリムゾンは基本いつでも不機嫌そうに見える男だが、実際は無感情と言う方が正しい。だがラスハルカにあってからは不機嫌なのは分かっていた。


「はい」


 いっそ清々しい程ハッキリそう言った彼は、余程ラスハルカが嫌いらしい。おそらく彼としては寝ずにこちらの話を聞くつもりだったのが何故か寝ていて記憶がないのが腹立たしかったのだろう。ラスハルカをアルワナ神官と分かっている今なら、それが彼の仕業だと結論を出すのは当然だ。


「で、お前としてはあいつは完全にこちらを忘れているように見えたか?」

「……はい、おそらく。少なくとも本人には我々と会った事がある自覚はないと思います」


 この言い方からすれば、さすがに彼も気づいていないという事はなさそうだ。


「なら、自覚はないが完全にあの時に関する記憶がないわけではない、といいたい訳だな?」

「はい。俺を始めてみた時に一瞬ですが、何か考えたように固まっていました。それと同じように、時折視線を外して考える姿を何度か見ました。何か違和感を感じているか、見覚えがあるか、あの男自身なにかおかしいと気付いているのは間違いないです」


 流石によくは見ている。

 セイネリアはラスハルカ自身から既視感があると聞かされているし、彼の発言に実際おかしいものがあったから、クリムゾンの予想が正解であることは分かっている。


「お前の予想は当たってる、よく見ているな」

「ありがとうごうざいます」


 殆ど表情は変わらないながらもどこか嬉しそうに彼は頭を下げた。


「とりあえず現状としては、あいつとは今回の仕事で初めてあった者として接していればいい。奴自身が覚えていてもいなくても関係ない、思い出すよう促す事もするな」

「それはつまり、今後またあの男に会う事があると言う事でしょうか?」

「あぁ、アルワナの術は便利だからな、何かあった時には使えるだろ」


 クリムゾンは返事を返さなかったが、彼としては不満らしい。また不機嫌そうな空気を纏った男に案外感情の起伏があったのだと感心する。


「なんだ、そこまであいつが嫌いなのか?」


 だから揶揄い気味に聞いてみれば、赤い髪と赤い目の剣士はこちらを見て言ってくる。


「あの男の、貴方に縋るような目が嫌いです」


 それはセイネリアにとっても少し意外で、思わず片眉を上げる。クリムゾンは尚も口を開く。この男がこれだけ饒舌なのも珍しい。


「貴方の下についた訳でもないのに、貴方に何かをして欲しそうなあの目が嫌いです」


 成程、この男にはそう見えるのか――セイネリアは唇を歪ませてから言ってやる。


「間違ってはいないが、あれは自分の立場を諦めた者の目だ。俺に何かを期待していたとしても、実際手を差し伸べれば辞退する、そういう人間の目だぞ」


 それにクリムゾンは明らかな嫌悪の表情をした。彼からすれば『諦めた人間』というのは侮蔑の対象でしかないのだろう。


「それなら尚悪い。諦めているのに物欲しそうな目で貴方を見るのは許せません」


 随分感情的じゃないか、と揶揄ってやりたくなるくらいにはこの男がここまで感情を見せるのは最近は珍しい。黙ってみていれば、クリムゾンは更に声を荒げて言ってくる。


「私は貴方が我が主に相応しくないと思った時、貴方を殺す許可をいただいています。今の貴方に弱さを与えるような、情に訴えようとする人間は許せません」


――貴方を殺す許可、か。


 殺せるならいつ殺そうとしてくれてもいいんだが、とは思ったが、それを口に出しはしない。顔を上げた男の赤い目はどこか恍惚としていて、崇拝する神でも見るようにセイネリアを見ていた。

 この男にとっては、セイネリアが人間でも化け物でも問題はないのだろう。ただ彼が望むだけの強い存在でありさえすればいいのだ。


 クリムゾンとはこれ以上話す気もなくなったから話はそれで終わりにしたが、この会話を遠くから見ていたエデンスは、その後クリムゾンが水を汲みの行った時にぼそっとこちらに言ってきた。


「愛されてるねぇマスター……ってのは冗談だが、お前随分ヤバイの飼ってるな」

「腕は間違いない、使える男だ」

「……お前じゃなきゃ、あんな危ないのを傍に置こうと思わないだろ」

「あれぐらいの方が面白い」


 エデンスは思いきり顔を顰めて、ため息を付きながら呟いた。


「その発言は、自信過剰か、破滅を望んでる人間じゃないと出ない言葉だな」

「そうだな、どちらだと思う?」


 それにエデンスは返事を返さなかった。セイネリアもそれ以上は言わなかった。正直なところセイネリア自身、どちらなのか答えられないからだ。


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