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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十七章:傭兵団の章一
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57・失望の理由2

「いいか、強化でいくら体だけは強くなったとしても、あんたが普段使ってない力の段階でその力を使い切れはしない。当たり前だが、技術と頭が体に追いつかない。それどころか力が強すぎて、持て余した挙句に力押しで単調な動きになる。だからあんたが今まで身に着けてきた技術と考え方のままではただ力だけが強くなってもそこまで強くはなれない。あんたもそれには途中から気付いてた筈だ、だがそれが分かってもあんたは足掻かなかった、負けても構わないと思ったからこそ『イイ戦い』程度で満足した」


 力だけならこちらの上を行っていた、だからこそムカつくのだ。残りは死しかないと覚悟していたのならもっと後先を考えない攻撃が出来た筈だった。なのにこの男は自分の精いっぱいを出せただけで満足した。

 ただ、それが自分のせいでもある事をセイネリアは分かっていた。


「……それが俺のせいでもある事は分かってる。あんたが俺に負けても構わないと思ったのは、俺が勝っても勝敗が変わるだけで領主争い自体は丸く収まって終わると思ったからだろ。俺もあんたが生きてれば利用できると思ったからこそ殺す気がなかった」


 死を覚悟して使う一生に一度の力――本来ならそれは負けた場合を考えてはいけないものであるべきだ。何があっても勝たなくてはならないと自分を追い詰めなければ、普段の感覚以上の力を使い切れるわけがない。


「だから別にあんたに恨み言をいう気はなかったんだが――愚痴をいいたくなる程度はあんたに期待してた」


 セイネリアは自嘲する、結局は自分の計算違いだ。

 純粋に狂化したアッテラ神官と戦いたいなら、本気で相手を追い詰めなくてはならなかった。負けてもいいと相手に思わせる状況を作ってはならなかった。


「お前は……負けたかったのか?」


 下を向いたままのセウルズがどこか呆然としたように呟いた。


「そうだな……それくらいの相手と戦いたかった」


 さすがに殺して貰いたかったとは言わなかったが、狂人のように喉を鳴らして言ったからある程度は察しただろう。マトモな人間からしたら狂ってると思われるだろうが別にそれは構わなかった。あぁいっそ戦う前に狂人のように振る舞うべきだったか、とは今更思ったが。


「俺は、お前を買いかぶっていたようだ。……それでは、ただの戦闘狂ではないか」


 セウルズが顔を上げる、それにもセイネリアは笑ってみせる。勿論、楽しくなぞ微塵もない。


「そう思いたければそう思っておけばいい」


 事情も知らない人間がどう思おうと知った事か。こちらの事情を話す気などないし、分かってもらおうとも思っていない。


 おそらく、今の自分は死ねない――セイネリアはそれをほぼ確信していた。


 だがまだ、そうでない可能性はゼロじゃない。かといって試しに死んでみようと自殺してみる程馬鹿じゃない。だから死ぬか試すなら、こちらを殺すに相応しい者と戦った上でがいい。自分を殺すだけの力がある者になら、たとえ本当に殺されても納得できる。


 狂化したアッテラ神官、しかも実力もある――とセウルズに期待してみたが、それはただ失望するだけで終わった。いくら高名で強い人間でも頭がマトモな人間に自分を殺せはしないと分かったくらいが今回の収穫だ。なにせマトモな人間の考える攻撃はすぐに『見えて』しまう。忌々しい騎士から渡された能力によって、理に適ったマトモな攻撃なら瞬時にどうすればいいのか分かる。


 だからあの騎士でさえ経験したことがないイカレた攻撃でないと自分を殺せない。我流で例外的な動きをするクリムゾンでさえ『見えて』しまうのなら、本気で体も頭もイカレた相手でないと自分に傷一つつけられないのだろう。


「……俺には本気で貴様という人間が分からない」


 呟くセウルズの声には恐れがある。さすがに能天気にただの戦闘狂だと思いこめる程馬鹿ではなかったらしい。


「何故だ? その若さでそれだけの力と頭があれば欲が生まれる筈だ。地位でも名声でも大きな何かを掴みたくなるものだろ、自分の力を世に知らしめたいと思わないのか?」


――そうだな、せめて『力』が全て自分のものだったら多少は考えたが。


「他人からどう見られようとどうでもいい、俺が望み、俺が満足しないのならどんな地位も名声も無意味だ。それについてくる義務が煩わしいだけでしかない」


 自分という人間に価値が欲しかった。だが他人がどれだけ羨む価値も、この心が満たされないなら自分にとっては価値あるものではない。


「分からない。おかしいぞ……なんだお前は」

「分からなくていい、分かる訳がないからな」


 セウルズの顔が益々強張る。表情は完全に恐怖を張り付かせて。そうしては彼は震える声で、理解出来ないが故にたどり着いた結論を呟く。


「まさか……狂ってるのか?」


 それがマトモな人間が自分の常識で出せる限界の答えだろう。


「狂えたら楽だったかもな」


 セイネリアの笑みに、この地で英雄と呼ばれた男は何も言えずただ下を向く事しか出来なかった。もう向うから話してくる事もないだろうと見切りをつけて、英雄と呼ばれるに相応しい男に告げておく。


「別にあんたを責めたい訳じゃない。終わった事を今更どうこういう気はない。ただ俺は思うんだが、あんたみたいに英雄と言われたような人間は皆、自己満足のために簡単に命を捨てるが……それはある意味『逃げ』ではないのか? なにせ死んだあとは責任を取る必要がない、その後どうなろうが全て放棄していい」


 セウルズは顔を上げる、だが声は出さない。顔を赤くして何かを耐えて、けれど言い返せないのを彼自身が分かっている。


「あんたがサウディンに対して責任を果たしたいというなら、あんたの望みをきいてやってもいい。ただし、死んで放棄することなくちゃんと最後まで責任を果たすと誓ってくれ。こちらも折角生かしておいた駒に意味もなく死なれたらムカつくからな」


 セウルズはそれに小さく、分かった、とだけ呟いた。

 セイネリアは軽くため息をついてみせると、セウルズを見て言葉を続けた。


「なら、まずこれからの予定を教えておく――」


セイネリアのこの仕事における本当の目的。領主争いに勝つのはセイネリアとしてはただの義務作業だった、という話でした。

次回はまた、サウディンの話。

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