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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十七章:傭兵団の章一
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51・母と息子

 それをサウディンが知っている理由は簡単だ。古参官僚の中でも一番年上のボクル・セディエッドに直接言われたからだ。

 ただボクルは、我々はゼーリエン様を領主としてお迎えしようと思っている、と告げた後、深く頭を下げてこうも言った。


『貴方の誇り高き御意思は向うにも伝えてあります。我々を信じてその御意思を貫いてくださるなら、我々は貴方の身をお守りするために出来る限りの事をすると約束します』


 誇り高き御意思というのは先日の民を人質にしろという意見に対するあの言葉の事らしい。とはいえサウディンとしてはあれにそこまで高尚な意図があった訳でない。極悪人として後世に記録を残されるのは嫌だと思った程度の事だ。

 ただ、あの発言のせいで多少生き残れる可能性は出来たと思えば、少しばかり心の変化があった。


――もしかしたら、多少は私にも運が残っているのかもしれない。


 今まで自分は運がないと思っていたが、意図しなかった言葉が少しだけ希望を生んだのならまだ自分は運命に見放されていないのかもしれない、そんな気がしたのだ。

 だから館から人々がどんどん減って行って、伯父やその取り巻き達が日に日に苛立ちで顔色を悪くしていってもサウディンの気分は別に沈みはしなかった。それどころか、目に見えて焦っていく伯父や、現実逃避の発作を繰り返す母を見て楽しくなってきていた。


――そうさ、考えればどんな最悪な結果でも死ぬだけだ。


 そしてそもそも死ぬ可能性はかなり低いと見ていい。

 ゼーリエン派だって折角支持してくれるというボクル達の機嫌を損ねたくはないだろう。なにせゼーリエンが領主になれたとしても古参官僚が全部いなくなったらまともに領地を運営出来ない。もともとゼーリエン派はバミン卿関連で武の人間が多いから、まつりごと方面は弱い。ボクル達の協力は是が非でも欲しい筈だ。

 となればボクル達の機嫌を取るため、サウディンに酷い扱いは出来ない。どれだけ最悪の事態になっても苦しかったり酷い辱めを受けるような処刑はあり得ない。セウルズさえ殺されていないのを考えれば、大人しく膝をつけばサウディンが生かされる可能性はかなり高いと思っていいだろう。


「……ン様、どうかなさったのですか?」


 そこでサウディンの意識は考え事の中から現実へ戻ってくる。

 母のヒステリックな声にはもう慣れてしまっているから余裕で聞き流せるのはいいとして、さすがに母が現状を嘆いて切々と語っている最中に笑みを浮かべるのはまずかったかもしれない。


「いえ、なんでもありません母上。それよりあまり興奮されるとお体によくありませんよ」

「あぁ本当にサウディン様はなんてお優しく立派なのでしょう。何故皆それを分からないのか私には理解できません」


――それは貴女に理解出来なくて当然でしょうね。


 思わず声に出さず呟いてしまったら、母は怪訝そうな顔でこちらを見て来た。言葉が聞き取れた筈はないが、不安そうなその顔にサウディンはにこりと笑ってみせた。


「仕方ありません、世の中は強い者が勝つのですから。私は負けたのです」


 母親の顔がさぁっと青くなっていく。そこから先はいつも通りの発作が始まる。暫くすれば母の声を聞きつけて侍女が神官を連れてやってくるが、それは自分がここへ来る時点で隣部屋に待機しているからだ。サウディンにとっては母の絶叫も咳き込む音も慣れたモノで、特に気にならず聞き流せる。


「本当にいつもすまない。後はよろしく頼むね」


 侍女と神官にそう言ってサウディンは母の部屋を出て行く。

 最近はこうして夢物語を話す母に現実を突きつけるのが日課になった。母が苦しんでのたうちまわるのも既に見慣れた光景だ。

 ただこれは母のためでもある。なにせ正式にゼーリエンが領主となれば、母はおそらくもっと辛い目にあうことは間違いない。ならば今の内に病死をしておいた方が、きっと母にとっては幸せだろう。


 そう、母に知りたくない現実を突きつけて絶望に落ちる顔を見るのは、すべて母のためなのだ。自分は今、これまで生きて来た中で一番母の事を思いやっているのではないかとサウディンは思っていた。


次回は領都へ行ったセイネリア達の話。

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