表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の主  作者: 沙々音 凛
第三章:冒険者の章一
85/1196

18・気に入らないこと

 今回のシェリザ卿の件については、セイネリアの考えた策は上手く行き過ぎるぐらいにすべて上手く行ったと言ってよかった。けれども、セイネリアにとって決定的に気に入らないことがあった所為で結果だけ見て悦に入る気など少しも起こらなかったし、成功の高揚感も全く感じられなかった。


「俺は今回、失敗したことがある」


 不機嫌に呟けば、情報屋を束ねる老女はふん、と鼻で笑った。


「それは、シェリザ卿のとこにいたあの小男のことかい? まぁ確かに坊やが駒を失くすなんてらしくないミスではあるねぇ」

「……流石に情報が早いな。奴がシェリザ卿を見下したがっていたことは分かっていたんだがな」


 今回の件でセイネリアが気に入らない事といえば、一つは一応まだ自分の庇護下においていた筈のシェリザ卿をボーセリング卿が切り捨てるのに利用された、という事であるが、これは最初から予想していた事ではあるから気分が悪い程度で割り切れる部分もあった。だがそれを抜いてもセイネリア自身が一番気に入らなかったのは実は自分のミス……僕にしてやると約束してやった男の行動を自分が読み切れず、結果失う事になった事だった。


「あんたは例え部下が死んだとしてもまったく気にしない男だと思っていたんだがね」

「あぁそうだな、俺もそう思っていた。まぁ悲しい、という事はないんだが」


 あの男の性格上、シェリザ卿が惨めな状態に堕ちたのを見てわざわざ本人を嘲笑ってやりたいと考える事は想像が出来た。だから一言、シェリザ卿が失墜したらさっさと屋敷を出て関わるなと言っておけば良かったのだ。使うだけ使って放置した所為であの男はシェリザ卿に殺された。


「自分のミスが許せないかい」


 一言でいえば結局はそれに尽きるのだが、こういう明らかなミスは今までなかったから自分に失望した、というところか。


「まぁな、人のことを見下せるほど俺も頭はよくなかったということだ」


 言えば老婆は声を抑えて含み笑いなぞするから、この腑に落ちない気分をさらに煽ってくれる。


「そりゃー仕方ない、あんたの計算違いは思った以上にあの馬鹿貴族が馬鹿だったこともあるだろ」

「……あぁ、そうだな」


 言われれば確かに、とセイネリアは思う。


「……なるほど、確かに俺はあの馬鹿貴族様がまさか自分の手で直接人殺しまではしないだろうと思っていたのかもしれないな」


 どれだけ落ちぶれたとはいえ、シェリザ卿の立場なら堂々と気に入らない使用人を罰する方法などいくらでもある。まさか言われた事にカッとなってくびり殺したなど想定外のバカだったのだと思うしかない。


 冒険者制度というのものうまく成立させるためクリュースには様々な法律がある。その中でも仕事を依頼し、それを受ける事においてなによりまず絶対的に守らなければならないのは『契約』についての法律で、これは何も冒険者だけに適用される訳ではなくこの国で仕事をする側雇う側すべてに当てはまる事になっていた。

 契約は雇用、依頼、主従関係すべてにおいて絶対的で、それを破れば貴族といえども罪になる。まぁ罰則自体については雇う側は罰金ですべて済むのではあるが、それ以上に痛いのは『信用』がなくなる事で、貴族社会においては更に周囲から不名誉のレッテルは張られ馬鹿にされるというのがある。今回の場合は特に、あの小男は戦闘職でない住み込みの使用人扱いだから雇い主であるシェリザ卿にはあの男の生活を最低限保障する義務があった。いくら使用人側が『契約』を破った罰だとしても殺すのは雇う側の違反で罰金はかなりの高額になる。しかも貴族が自ら直接使用人を殺すなどというのは恥というレベルの相当な不名誉で、貴族社会から完全につまはじきにされるのは必至だった。

 既に貴族としては敵を作りすぎて居場所を失いかけていた上、頼みの綱のボーセリング卿に捨てられ、この上さらに貴族の恥さらしと馬鹿にされるのはシェリザ卿にも耐えられなかったのだろう。死をもって自らを恥じると行動で示した事でどうにか親類縁者への面目を保った、という事だろうが……まぁその程度で死ぬ人間に同情など欠片も浮かばないのはセイネリアとしては当然だった。


「貴族だなんだと言っても、結局追い詰められた人間のとる行動などその辺りのゴミ共となんら変わりはないということだな」


 しかも不自由なく生きて来た人間というのは極端にストレスに弱い。貴族としての矜持も先の事を考えるだけの思考も飛んで、ただ感情のままに行動する動物に成り下がったというところだろう。


「そりゃそうさ、人間ってのは本質はそんな違わないモンさね」


 それを多くの人間を見て来ただろう老女が言えば説得力がある。セイネリアはそれには言葉を返さず、ただ鼻で笑って酒を喉に流し込んだ。



老女との会話は次で終わり。実はこの場面にカリンもいます。

この国の雇用と使用人への補償に関する法律はまたそのうち。ただこの法律の所為で奴隷がほぼいません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ