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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十七章:傭兵団の章一
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31.対応2

――しかし、むごい。


 歩きながらセウルズの顔はますます険しくなっていく。

 途中で落された死体のアトが見えたが、綺麗な人の形を残しているモノはなく、逃げ惑う兵に踏まれたらしいのもあって肉塊が散乱しているだけの状態だ。これでは後でそれが誰であったかを確認するのは不可能だろう。セイネリアという男は分からないが、冷酷で情のない男だというのだけは本当なのだと思うしかない。


「セウルズ様っ」

「セウルズ様、敵が既に門を突破して……」


 門が近くなってくれば逃げる者と向かう者が行きかって更に人が増える。だが彼等もセウルズの姿を見れば足を止める。すがるような瞳で安堵の声を上げる兵達が、自分に何を求めているのかセウルズは分かっていた。


「分かっている、落ち着いて迎撃態勢を取れっ、盾を前に出し隊列を組んで道を塞げ、これ以上連中を奥に入れるなっ」


 それで兵達は急いで門の方へ向きを変える。隊長連中が声を上げて兵を並べさせている。

 実際、敵が門を突破したとしても門の大きさ的に敵の全軍がすぐ中に入れはしない。途中で壁を作って敵を止めれば後からきた敵は詰まってすぐ戦力にはなれない。クーア神官がいるなら無理矢理後方へ兵を送る事も可能だろうが、一度に飛ばせる人数はせいぜい1、2人がいいところだ。数人の兵がバラバラやってきただけでは挟み撃ちも出来はしない。


 けれど彼のその考えには大きな誤りがあった。


 敵には一人だけでも集団の脅威となれる人物がいるのだ、それを彼が理解したのは――戦闘が行われている場所が見えて来た時だった。


――あれが、セイネリア・クロッセスか?


 あちこちで兵が戦っている中、ぽっかりと開いた空白地帯の真ん中に黒い大柄な影が見えた。まるで彼の周りに結界でも敷かれているかのように、乱戦の中そこだけ人がいない。

 その理由はすぐにわかる、皆怯えて傍に寄れないのだ。

 どんなに鈍感な者でもあの姿には本能的に恐怖を覚える。それだけの威圧感がその存在にはあった。

 黒い騎士が一歩前に出る、周囲は逃げて距離を取る。

 そこで思い切った2人が同時に飛びかかったが、次の瞬間には血しぶきが上がって一瞬にして2人とも地面に転がった。よく見ればその足元には死体や痛みに藻掻いている兵の姿があって、それらが邪魔で彼に近づけないのもある。


――化け物だな、確かに。


 黒一色の装備で固めた体を更に黒いマントで覆う不吉なその姿。手には禍々しい斧刃がついた槍を持って立つそれは最早人間とは思えなかった。動きに疲れも息の乱れも一切見えない、足取りは強く、重く、黙ってゆっくり近づいてくる姿は周囲を恐怖に縛り付ける。

 いっそまだ、戦闘狂らしく雄たけびを上げて暴れて見せてくれれば立ち向かう気力を奮い立たすことも出来ただろう。だが圧倒的な威圧感を纏ってやってくるその騎士に、周囲の兵はもう、戦う前から負けていた。


――これは、勝てないな。


 瞬時にセウルズはそれを理解した。

 彼に立ち向かえと兵に言うのは死ねと命令するのと同じだ。誇張されているとしか思えない程の噂達もまだ生ぬるく、本物の方が更に恐ろしいとしか言えない。これは本当に敵にしてはいけない存在だ――そこまで考えて、彼は先程見た手紙の内容を思い出した。


 あれが、本当にこの男からのものであるなら。


 セウルズ自身が彼と戦って勝てば、少なくとも彼と彼の部下はこの戦場から去る。

 普通なら、高々20人そこらの傭兵とセウルズでは、戦場から去る影響力として釣り合わないと考える、だから到底受けられる話ではない。

 だが今、目の前にいるあの化け物を見れば、それを割りに合わない勝負とは笑えなかった。


 そもそも最初から、名高いあの男を倒して反乱軍の戦う気力を奪い、ゼーリエン派に降伏するよう説得するのがセウルズの目的ではあった。そして逆に、もしセイネリアが予想を超える化け物で自分が倒れる事があれば――西軍は戦う気を失くして降伏してくれる、サウディン派自体も戦えずに負けを認めるだろうという狙いもあった。


 どちらが勝っても、この戦いで決めてしまえばそれ以上の犠牲はでない。


 その覚悟でセウルズはここで指揮を取らせてほしいと言ったのだ。だからあの手紙が本当にあの男からのものだとすれば、手紙の申し出は願ってもない内容だと言える。軍隊同士の戦争をしようというところで普通ならあり得ない話だが、一騎討で決めてくれるというのなら兵の被害は少なくて済む。


――つまり、普通ならあり得ないからこそ、わざわざ手紙で言ってきたのか。


 セイネリアという男の噂で、裏切ったとか、約束を反故にしたという話は一切なかった。数々の貴族とのかかわりでも、彼が協力したと思われる方は必ず勝っている、もしくは目的を果たしている。


――ならば嘘はつかないと思っていいか。


「悪いが前を開けてもらえるか?」


 セウルズがそう言えば、前にいた兵士達が振り向いて道を開けようと左右に動く。そうして困惑する周囲の兵達を手で制して前に出ると、セウルズは真っすぐ黒い騎士を見据えた。

 黒い騎士も正面を向いてこちらを見ている。

 待つようにその場で足を止めた死神のような騎士に向かって、セウルズは歩いていく。


「セウルズ様っ、危険ですっ、あいつは化け物です」

「セウルズ様おやめくださいっ」


 周囲の兵達が困惑の声を上げてざわついている。だがそれ以外の音は先ほどよりも静かになったようにも思える。どうやら、この辺りで戦っていた者は戦いを止めてこちらを見ているらしい。こちらとしては好都合ではある、少なくとも勝負が決まるまでは戦は一時中断のようなものだろう。

 兵士達が開けた道を、セウルズは真っすぐ歩いていく。

 そうして兵達の壁を抜けたところで、この討伐軍の総指揮官でもある男は黒い騎士に言った。


「お前が、セイネリア・クロッセスか」


次回はセイネリア視点に切り替わってこの続き。

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