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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十七章:傭兵団の章一
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30・対応1

 セイネリア・クロッセスというのはどういう人物なのか――セウルズには分からなかった。

 平民出で馬鹿みたいに強い、というだけの人物なら今までそれなりに見た事はある。だがその上で貴族の謀略劇に噛んで結果を変えるだけの頭があるなら、それはセウルズが見た事がないタイプの人間だ。

 だから慎重に、頭がいい人物と思って警戒をしてはいたのだが、なにせその手の頭がいい人物となれば想定出来るのはどうしても文官タイプで人物像が絞れない。だからある意味、相手の考えが読めなくても当然ではあるのだが……。


 つい先程、襲撃の連絡がくると同時にセウルズ宛に来ていると渡された手紙はセイネリア・クロッセスからのものだった。誰が届けに来たと聞いても誰も分からないらしく、唐突にテーブルの上に置いてあったとのことだ。

 そこで侵入者がいたのかと一騒ぎあったようだが、まずは内容を確かめて貰おうとセウルズのところへ持って来たそうだ。

 そして肝心の手紙といえばセイネリアという人物が益々分からなくなるような内容で、セウルズは頭を抱えるしかなかった。


 なにせ手紙には、セウルズと直で戦いたい事、それで負けたら団の人間は全員この仕事を降りると書いてあって、早い話がこの軍隊同士の戦いの中で一対一の勝負がしたいというものだった。これだけ見ればよくある自分の強さを過信した馬鹿者だとしか思えない。


――噂はただの噂で実はよくある戦闘狂の能無しなのか?


 一瞬そうセウルズが考えてしまっても仕方ない。

 ただしそもそも、この手紙が本当にあのセイネリア・クロッセスからのものなのかはわからない。本人からだとしても、こちらを惑わす為に出しただけのものかもしれない。

 とはいえ、いくら内容が馬鹿馬鹿しいと言っても無視していいものではないのは――この手紙がどうやってここに届けられたかが分からない段階で確実ではある。


 どちらにしろ、敵が来ているのに手紙についてじっくり考えるような時間はセウルズにはなかった。手紙の事はとりあえず保留として現状の対処が優先だった。石が投げ込まれて混乱している現場に指示を出し、トルシェイとバシルマンを呼び出して全体指示を出そうとしたところで、また、状況が変わった。


 最初は何があったか分からなかった。

 なにせ『ソレ』は主に門周辺にいた兵士達の上に落ちていたから、こちらからはハッキリ見えなかった。けれどその後の悲鳴と逃げてくる兵士達を見てただ事ではないと分かった。実際『ソレ』が何か分かったのは逃げてきた兵士を無理やり押さえつけて聞いたからだが、それでまたセウルズはセイネリアという男が分からなくなった。けれど、一つ理解出来た事があった。


――敵には転送持ちのクーア神官がいる。


 石と違ってそれなりの質量のものとなれば、それが投げ込まれているのか真上から落ちてきているのかくらいは判別できる。ましてやもう空はすっかり白くなっていて、落ちてきているものの影はハッキリ見えた。よく見ていれば、どうみても黒い影は空に唐突に現れては落ちてきている。こんな事は転送以外にありえない。

 そしてまた、転送の出来るクーア神官が敵にいるとなればあの手紙が届けられた方法も分かる事になる。更に言うならこちらの内部は丸見えで、向うの掌の上で騒いでいる状況だという事も。


「準備の出来ている者だけでいいっ、とにかく兵を落ち着かせて迎撃態勢を取らせろっ、敵はすぐくるぞっ」


 こうなるとトルシェイとバシルマンを待って指示を出している余裕などある訳がない。少なくともセウルズが直で兵の前に姿を見せる必要がある。

 ドン、と門の方から低く響く音がする。おそらくは門が攻撃されている、こちらを混乱させたのは門を破壊するためだろう。


――本当に、頭がいいのか悪いのか。


 セイネリアという男が分からない。だが現状を見ればただの馬鹿の筈はない。そして少なくともクーア神官を連れてこられるような人脈と人望があるのも確かだ。

 セウルズは逃げてくる兵を叱咤しながら走る。

 アッテラ神官として兵達に術を掛けてやりたいところだが、とにかく今は戦闘が起こっている現場へ行って前線の混乱を収めるのが最優先だった。

 やがて、門が破られたのが音でわかる。わっと大きな声が門の方で上がるのが聞こえる。


「セウルズ様、術者はこちらに下がらせます。魔法が欲しい者はここで掛けますのでっ」


 そこでそう声を掛けてきたのはトルシェイだった。事前に実際の戦闘が始まったら後衛部隊の指揮を取るように言ってあったからだろう、敵襲と聞いて彼は術者をまとめようと動いていたらしい。それですぐに捕まらなかったのかと思ったが、彼の行動を諫める気は微塵もなかった。

 既に敵が中に入って戦闘中なら術者を前線に置く意味はない。強化等の補助魔法役なら少し下がった場所で待機し、術が欲しい者の方からこさせるようにしたほうがいい。そうすればアッテラ神官は軽傷の治癒役としても働ける。


「分かった、術者は任せる。ボーテ、お前はここに残って術者として働け」

「ですが……」

「命令だ」


 時間がないからそう言えば、弟子のボーテは頭を下げてこちらから離れる。補助の術者、特に治癒役は今は一人でも多くの人手が欲しい筈だった。アッテラの術であればセウルズは自分で掛けられるのだから、自分の傍で彼を待機させておく意味はない。頭の片隅に自分に何かあった時を考えなかった訳ではないが、彼を置いて行った理由はそれだけだ。

 ボーテがトルシェイと話すのを確認してから、セウルズは先を急いだ。


このシーンは次回まで、かな。


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