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黒の主  作者: 沙々音 凛
第三章:冒険者の章一
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16・娼館の朝

 娼館の朝は遅い……そう、普通ならそう思う。

 確かにそれは間違いではなく、娼婦達の仕事が始まるのは夕方からだ。だが単に『遅い』と言い切れないのは、その仕事が終わるのが朝になるため、一般では早朝と言われる時間に娼館はそこそこにぎやかだったりするからだ。


「おはよっ」

「おはようございます」


 早朝といえる時間に起きれば顔を合わす娼婦達は皆元気そうで、だからなんとなく娼館の朝が早いような気さえカリンはしてしまう。

 ここでのカリンの仕事は主にワラントの護衛である。ワラントの客は昼過ぎから日付をまたぐくらいまでがほとんどで、だからカリンも娼婦達とは違って一応は夜に寝る生活を送れていた。早朝に起きるのは習慣もあるが、その時間は割合細かいトラブルが多いと聞いたからで、実際朝になって帰る客とのトラブルを何度かカリンは相手を脅してどうにかした事があった。

 ただ、そのせいもあってか。


「カーリンちゃん、おねーさんと寝ようか」


 がば、と遠慮なく抱き着いてくる者には、好意からだとわかっていても身構えてしまうのは仕方ない。


「いえ、私は今起きたところですので」

「でもお仕事遅くまでだったんでしょ~、いーじゃないもうちょっと寝ましょうよぉ」

「あの、仕事があるので」

「えー、おねぇさんがイイコト教えてあげるのにぃ」


 やんわりと相手を引き離して逃げるのも大分慣れたとはいえやはり疲れる。ワラントがいるところならこういう場合にも助けて貰えるのだが、いつまでもそれに頼ってばかりという訳にもいかない。こういうのを上手くあしらえるようになることも自分が学ぶべき事だと思えばそれを面倒だなんて思う事もない。


「お、カリンちゃーん、あんた起きたならアタシ寝ていいよね♪」

「はい、おやすみなさいませ、サーラヴァン様」


 外からあくびをしながら入って来た体格のいい女性は、長くここに雇われている用心棒の冒険者だ。女性ばかりのここでは基本用心棒に雇っている冒険者も女ばかりで、その辺りは気が楽だった。


「だっから様はいいっていいったじゃない~。あー……今日は婆様が起きるまでに客人は来ないから基本来た奴は追い返しといてね。細かい事はリリスに聞いて、アタシは寝るわ」


 リリスというのはカリンとほぼ同じ時間帯で動いている用心棒の冒険者で、かなり長いことワラントの秘書兼用心棒的な事をしていたらしい。カリンでさえ彼女の所作を見ただけでかなりの腕だと思ったくらいで、ワラントに信頼されているのも分かる。

 あくびをしたサーラヴァンを見送ってカリンは外に出た。清々しい、けれどこの辺り特有の気だるさも感じる早朝の空気を胸に一杯吸い込んでから、カリンは少しの間外に見える人々を観察した。

 色街の辺りに早朝いる人間の殆どは、どこかの娼館で夜を明かして帰り路につく客の男が殆どだ。たまにその割には身支度を整えてやたらと元気そうに南門方面へ歩いていく者を見るが、そういうのは宿代わりに娼館を使ったか娼婦のヒモをやってる冒険者でこれから仕事に出るところだそうだ。彼女の主もそういうのの一人だった……という事だと教えて貰った事まで思い出すとカリンの口もとにはクスリと笑みが浮かんでしまう。


「はぁいカリン、おはよ。相変わらず早いわねぇ、若い娘は元気でいいわー」

「おはようございます、リリス様」


 やはり欠伸をして外に出てきた女戦士は、カリンよりも頭一つ分以上背が高く、体の厚みも圧倒的だ。いかにも強そうに見える姿も護衛としては重要だと聞いたが、確かにぱっと見だけで殆どの者は彼女に喧嘩を売ろうなんて思わないに違いない。


「だー……もう様は止めてよぉ、どうしても呼び捨てが嫌なら『さん』付けまでにして。様とかもぉむり鳥肌立っちゃう」


 ぶるぶると体を震わせてまでいう姿には笑ってしまうが、こういう愛嬌がある所為もあって娼婦達からは親しみを込めて彼女はリリス姐さんと呼ばれていた。


「すみません、ついクセで」

「もぉ~早く慣れなさいよぉ」


 そう言って抱きついてきた彼女だが、それに苦笑していたカリンの表情が一変する。首に近づいてくる刃物を感じて、身を沈ませると同時に腰の短剣を抜く。地面に片手を付くと足を蹴り払う。大柄な女戦士の体がそれを避けて一歩引いて、それから彼女は両手を上げてにこりと笑った。


「はい、合格。やっぱ流石ねぇ、これなら安心して婆様の横任せられるわ」

「リリスさんも流石、こんな狭いところで避け切られるとは思いませんでした」


 カリンも言うと息をついて短剣を腰に戻した。

 リリスはよくこうしてじゃれついてくる振りをしてはこちらを試すようなことをしてくる。最初はその所為で嫌われていると思ったカリンだが、今では互いにこうして自分達の腕を確かめ合うのが日課になっていた。これはこれで適度な緊張感があっていいアクセントになっているとカリンは思う。


「今日はこっちの見張りはアタシがやるわ、アンタは中ね。ついでに中のマーゴレット達の手伝いもしてやって。婆様が起きたら一声頂戴。ただ今日はアンタが婆様につく事になってるから」

「はい、分かりました」


 背伸びをしてフードを頭からかぶったリリスに向けてお辞儀をすると、カリンは娼館の中へと戻った。


唐突ですがカリンのお話。次の話までカリンサイド。

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