22・再会
――死を前にした騎士は何を望んだ?
病を憎み、老いを憎み、自分が努力で掴んだモノをただ手放さねばならない事を憎んだ。
自分が生きる意味全てを掛けて注ぎこんだモノ全てを失って、だから彼は最後の希望として王の忠臣であることに縋った。
なら、その忠臣という誇りと名誉を捨ててまで彼が選んだものは? ギネルセラは何と言って騎士を自分の側に引き入れた?
セイネリアは考える。
考えれば考える程、嫌な答えしか思いつかない。
だがまだ確定ではない。だがまだそうとは限らない。
そんな臆病者の言い訳のような言葉が自分の頭で回ってる時点で自分は追い込まれているのだろうと、セイネリアにはその自覚はあった。自分は今、今までない程に動揺していると、冷静に正しく判断出来る状況ではないとそれを分かっていた。
疑ってみればいくらでも思い当る事はあった。
元からあまり体調を崩す事はなかったが、このところ朝起きて怠いと思う事もないのはおかしい。筋肉をさほど解さなくてもすぐに体が動く。睡眠を削った日でもよく寝た日でも体に違いはなく体調はずっと良い。
体に自信があったのもあってそれらを不自然だと思っていなかった。いや、おかしくないと、そう思い込もうとしていただけなのかもしれない。
「なんだぁ? 急に黙りやがって」
「いや、この後の事を考えていただけだ。用事をすませてから改めて取りに来る、悪いがもう少しだけ預かっていて貰えるか?」
「あぁ、そら構わねぇが……」
用事というのはでまかせだったが、セイネリアは一度ケンナの店を出る事にした。ケンナには土産と言って酒を置いてきたのもあって、機嫌よく了承してくれた。
帰りは勿論転送で、ケサランとの待ち合わせ時間までにはまだかなりある。本来なら、ケンナと酒を飲みながら首都に店を作る時の要望やらを聞くつもりだったのだが、今はとてもではないがそういう気分ではなくなった。とにかく頭を落ち着かせて、せめてもう少し気分だけでも切り替えたかった。
まったく、やる事があるのに放棄するなんて随分酷い動揺ぶりじゃないかと、理性だけは冷静に自分を見下ろしてそう嗤うのに精神の安定を取り戻せない。思考が感情を無視できない時点で、自分が今、使い物にならないポンコツになっていると分かっている。
「ねぇ、そこの貴方、ねぇえぇ、急いでいるのかしらぁ?」
ふと――甘ったるい女の声が聞こえてセイネリアは足を止めた。気づけば辺りは幼い頃見慣れた色街で、自然とここへ来てしまっていたのかと自分の行動に愕然とした。だがこうしていつまでもただぼうっと考えて街をふらついているだけなら、いっそ女と寝た方がマシかとも思ってセイネリアは振り向いた。
こちらが立ち止まったせいか、女が急いでやってくる。
いかにも娼婦らしい女がおぼつかない足取りで走ってくるその姿に、セイネリアの瞳が見開かれる。
こちらに抱き着くように、女はセイネリアの腕を掴んだ。
そのまま体を押し付けてきて、媚びるようにこちらを見上げる。
そこには、知っている女の顔があった。
いや、知っているというか忘れていた女の顔を、見た途端に思い出した。
赤い髪に赤い瞳、歳の割にまだ若く見えるのは頭の中身が若いままで止まったからだろうか。
「ふふ、ねぇ、時間があるなら私と楽しんでいかなぁい?」
それまでただ驚愕に見開かれていたセイネリアの瞳から、そこで一切の感情が消えた。
琥珀の瞳はどこまでも昏く、相手を見下ろし、唇だけが歪んだ笑みを浮かべて声を出す。我ながら驚くほど冷静な声が出たとセイネリアは思っていた。
「あぁ、いいぞ」
女は喜んで腕を絡ませるとセイネリアを引っ張っていく。その女を見るセイネリアの目はどこまでも昏い。
セイネリアは思う、そういえばあんたは黒髪の男が好きだったな、と。そうして、冷え切ってすっかり冷静になった頭でセイネリアは自分が生まれた娼館へと向かった。
――なんだ、まだ生きていたのか、母さん。
次回は最後の夢の話。




