14・夢と過去<3>
ギネルセラという男が騎士の主である王の配下に加わってから3年後、この男は最初に言っていた通りの事を成し遂げた。
3年、部屋に篭って調べていた彼が作ったのは刀身まで黒い剣だった。
騎士は仕事の都合でそれが作られた瞬間その場にはいなかったのだが、確かに剣が完成した後、世界は変わった。
まずギネルセラが言っていた通り、殆どの人間は魔法が使えなくなった。
日常的に魔法を使っていた人々の生活は一変し、どこの国も一気に生活レベルが下がった。魔法を使う事に慣れ切っていた人々は火を起こすことにさえ困り、水を運ぶ事も、獲物を捕らえる事も出来ずに飢えや疫病で大量の死人が出た。
だが騎士の仕える国は騎士の配下に魔法を使えない者が多かったため、彼等が率先して人々に魔法のない生活の仕方を教えて回った。また宮廷周りの者にはギネルセラが魔力を物に込めたものを作って配っていたため、それを使って上層の人間はある程度は魔法が使える生活をすることが出来た。
皮肉な話だが魔力があり過ぎて魔法を自由に使えなかったギネルセラは、王に仕える前、その有り余る魔力を物に込めるのが仕事だったらしい。それを魔力が足りなさ過ぎて使えない者――主に権力者や金持ち――に渡して、彼等が魔法を使えるようにするのが彼の役目だったそうだ。
『馬鹿馬鹿しい話だ。魔力があり過ぎる人間はそれくらいしかやれることがないとそう言われた』
『確かに、誰より力があるのにと考えれば悔しいところだな』
『だからもし、あんたが魔法を使いたいのなら専用の道具を作ってやるが』
『俺はいい、今更魔法を使いたいなどとは思わないさ』
『あんたならそう言うと思った』
王に仕えるのが決まった時に、彼とそんな話をしたことがあった。自分が断ったら笑っていたのを覚えている。まったく逆のパターンだというのに似た扱いを受けてきたせいか、この男は最初から騎士には好意的だった。
ともかくそうして世界から魔法が失われた後、魔法を使う手段がこの国にはあると聞きつけ、他の国がこぞって圧力を掛けてきた。
だが王はそれらに屈する事なく、魔法を使いたいならこちらの属国になれと返した。
当然それを怒って、あちこちの国がこちらに侵略戦争を仕掛けてきた。単純な戦力や国力から考えればこちらの国など相手にならない、すぐに屈服させられる筈と仕掛ける側はそう思っていたに違いない。
だが、こちらは最初からこの時のためにずっと準備をしてきていた。
そもそもつい最近まで魔法を使う事が普通だった他国の兵達は魔法が使えない戦場に慣れておらず、逆に騎士の配下はもとから魔法に頼らず戦える者が多くいた。勿論他の一般兵も魔法を使わない戦闘方法を訓練済みだったし、指揮役には魔法道具を持たせて敵の動きを確認してすぐ指示が出せるようにしてあった。
その差は大きく、例え兵の数では大きく負けていてもこちらが敗北する事はなかった。なにせ最初の飛び道具の撃ち合いだけでも今までの防御方法が使えない兵達は簡単にパニックに陥る。楽勝で勝てると思っていた分、負け出せば兵の士気は大きく下がる。しまいには魔法道具を持っている者が脅しで派手な光や音を出してみせるだけで、敵は面白いように敗走していった。
勿論その状況に他国は手を組んでこちらを潰そうとしてきた。
だがそうして数か国が手を組んで大群を率いてきたところで、ギネルセラが剣の力を使った。大群がなすすべもなく一瞬で全滅するに至って、殆どの周辺国はこちらの国に頭を下げる事となった。
そうして、小国の王だった騎士の愛する王は、大陸を統べる唯一の王となった。
セイネリアが分かっている事。
剣の中には2人の人間の『意思』がある。
そして、剣の主であるセイネリアはその2人と精神的につながっていて、彼等と記憶の共有がなされている。
だが正直なところ、記憶はともかく、精神的なつながりを現状ではあまり感じない。
ただどうやらギネルセラに関しては、感じられないのはそもそももうきちんとした意思がないのではないかというのがセイネリアの予想だ。それは単にギネルセラの記憶の見え方が魔槍の時と割合似ているところがあるのと、未だに一度も騎士のようにはっきりと声を聞いていないからである。
そして騎士の方だが……一度話が出来ているのだ、その意識は残っていて、現在わざと沈黙しているのは確かだろう。
本来なら別に中にいる騎士が返事をしなくても、セイネリアの中にある彼等の記憶をたどれば全てが分かる筈ではある。だが決定的な記憶を探ろうとすると何故か記憶が曖昧になる。それは場面自体が思い浮かばなかったり、何を言っているのか言葉が思い出せない感じだが、前後がはっきり思い浮かぶのにピンポイントでそこだけがあやふやになる辺り、意図して隠されているのは間違いないと思っている。
そしてもしそれが意図して隠されているのだとすれば、その意図している存在は騎士に違いない。
なにせその代わりとでもいうように、セイネリアはこのところ毎夜夢で騎士の人生を見せられている。ご丁寧にちゃんと時系列順に、勿論飛ばされている場面もあるが、彼がどうやって騎士になり、王に仕え、ギネルセラと出会ったかを見せられている。まるで、その場面が再現されているかのようにハッキリと。
――俺に貴様の人生の追体験でもさせたいのか。
記憶として知るのではなく、自分と同じ状況を体験した上でその事情を知れと、向うの意図の予想としてはそれくらいしか思いつかない。
しかもここ最近の夢はギネルセラが黒の剣を作った後、騎士が大陸統一の戦争に赴く内容ばかりで、実際の戦いを頭の中だけとはいえそのまま体験させられる訳だから起きてすぐでも精神的にやたらと疲れていて正直困る。それで体はやたらと動きたがっているから、朝の鍛錬に力が入り過ぎて時間を使ってしまうのも問題だった。
クリムゾンは相変わらず朝の鍛錬に毎回付き合っていたが、彼との手合わせはあれから一度もやってはいなかった。セイネリアももう彼と戦ってみたいと思えなかったし、彼から申し出られる事もなかったからだ。
夢の中の戦闘の感覚が残る状態で剣を振れば、やはり夢の時の感覚そのままで体が動く。それに違和感はない。自分の技能として当たり前のように動く。
だから分からなくなる、自分は前からこんな動きが出来たのか、それとも――。
夢の話。黒の剣が出来上がった当時の話でした。
次回は傭兵団関係の話をカリンと。




