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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十六章:真実の章
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13・上に立つ者

 ケサランのおかげで日帰りでラドラグスへ行ってくる事が出来たのもあって、その翌日である今日は早い時間にエルと会って傭兵団についての経過報告を聞く約束をしていた。勿論、早い時間といっても早朝ではないし、彼との待ち合わせに使っているいつもの酒場もそんな早くから開いてはいない。ただその前に別の予定を入れる程の時間はなかったから、半端な時間分、朝の鍛錬で一勝負してみたという訳だ。


――そろそろか。


 準備をして部屋を出れば、部屋前で待機していたらしいクリムゾンがやはり一定の距離を置いてついてくる。彼は冒険者としてはとりあえず腕っぷしだけの人間が名乗る『戦士』で登録しているが、戦闘スタイルはボーセリングの犬のような暗殺者に近い。細かい事に早く気付く注意深さもあるから、カリンが自由に動き回れなくなった今、彼の存在は都合が良かった。


「おー、来た来た」


 まだ早い時間の酒場に人は少なかった。店に入ればすぐに奥の席にエルを見つけてセイネリアは歩いていく。最近だと噂のせいもあって人が多い時間にこういう場所に来ると周りが道を開けてちょっとした騒ぎが起こるため、悪目立ちするから話し合いは夜を避けていた。冒険者というのは仕事がない時は昼くらいから起きてくる者も多いのだが、エルは神殿泊まりだと朝が早いからこの時間でも文句は言ってこない。


「なんだ、今頃朝飯か?」


 テーブルの上、エルの前には今日は酒ではなく食いものの皿が置いてあった。


「いや、神殿の飯はな……美味くねぇし量もあれだからよ、最近外で食ってんだよ、今は懐も割と余裕あるしな」

「……成程」


 彼の前に座ってから、セイネリアは店員に声を掛けて酒を注文する。クリムゾンは隣のテーブルの席に座り、水と干し肉を注文していた。彼はこうして外にいる時は酒は飲まない事にしているそうだ。


「お前は朝から酒かよ、いいご身分で」

「お前も飲めばいいだろ」

「真面目な話前だから酒は飲まねぇよ。時間的にもちっと早過ぎるしな。もう少しで食い終わるからちょい待っててくれっか?」

「あぁ、焦らず食ってくれ」


 言ってもエルは大口で掻っ込むように飯を食う。ほどなくして彼の食事が終わるとほぼ同時にセイネリアの元に酒が運ばれてきた。


「食った食った、で、話していいか?」

「いつでもいいぞ」


 セイネリアは酒に口をつけてから答える。

 そうすればエルは、腰に掛けてた筒の中からいくつかの紙を出すとそれをテーブルに置いた。


「とりあえず、最初に提出する書類は用意した。見て確認してくれ」


 セイネリアはそれを手にとると、読みながらエルに聞く。


「そういえば俺に会わせたい人間はいないのか? 随分声を掛けられてるようだったみたいだが」

「あー……それな、立ち上げメンバーになろうって程腕に自信のある奴はいねぇよ。皆こっちの予定を言ったら、普通に募集掛けるようになってからでいいって返事だ」

「だろうな」

「そら現状決まってる人間が上級冒険者ばかりだしなぁ……」

「別にそこまでの実績と実力がなくても、面白い特殊技能持ちなら歓迎するぞ」

「んー、俺の知り合いはそこまで変わった奴はいねぇからなぁ」

「サーフェスは? あいつも今は魔法使いだろ?」

「あぁ……あいつはいつも仕事だけの付き合いだから知り合いって程でもないんだけどな。まー声だけは掛けといてもいいか。てか上級冒険者で魔法使いが入る事になったら、余計他の奴は萎縮して入れてくれって言いにくくなるだろけどな」


 おそらく魔法使いはもう一人入るだろうが……とは口に出さず、セイネリアは書類を見ていく。そうして最後、傭兵団の登録名を見てセイネリアは一度眉を寄せた。


「黒の剣傭兵団、か……」


 呟けば、エルが畳みかけるように言ってくる。


「お前の名前がダメっていったら、あとお前のイメージといえばその黒い恰好だろ。かといってただ黒の傭兵団ってのもなんだかなって思ったからさ、そういやお前が手に入れたあの剣がそう呼ばれてたなって事でよ、まぁそれでいっかと……だめか?」


 あの剣の事を考えれば自然とムカつきはするが、どうせ脅し用の剣であるから団の象徴とするのもいいだろう。エルがこちらの顔を少し自信がなさそうに見てくるのを見て、セイネリアは書類をテーブルに置いた。


「いや、それでいい。あとはこちらでサインしてから事務局に提出しておく。経費は前に渡した分で間に合ったか?」

「おぅ、まだ余ってンよ。返しとくか?」

「いやいい、どこで必要になるか分からないしな」

「間違って使いこむかもしんねーぞ」


 エルがにっと口元をわざと緩めて言う。セイネリアは気にせず酒を飲み干した。


「しないだろ、俺相手に」

「そりゃな」


 言って笑うと彼もほっとしたように肩の力を抜いて店員を呼び付け、酒を注文した。ついでにセイネリアも酒の追加を頼んだ。エルが酒を頼んだと言う事は、ここからはそこまで重用な話ではないという事だろう。


「で、お前の方はどうよ、傭兵団として派手にやれそうな場所は見つかったか?」


 成程、そこまで重要な話ではなく自分に責任のない話になったからか――エルの様子に笑ってから、セイネリアは口を開く。


「まぁな、場所は確保出来そうだ」

「おぉ、さすがじゃねぇか。ンで実際そっち使えるようになるのはどんくらいになンだ?」

「確保出来たのは場所だけだからな、建物は完全に立て直しだから半年くらいは掛かるだろ」

「……金掛かりそうだな……大丈夫か?」

「問題ない、ワラントの婆さんが残してくれた金を借りると言ったろ」

「そういや前も思ったんだけどよ、お前が引き継いだのに借りンのか?」

「当然だ、傭兵団側が正式に動き出したら収支をクロにして向うへ返す。赤字部門に金をつぎ込み続ける気はないからな、使った分を引いても尚利益が残る状態じゃないなら傭兵団をやる意味がない」

「……はぁ、利益、ねぇ」


 エルには傭兵団自体の利益という考え方はないようだが、大きい組織として作るなら大きい利益を生めなければ続けられなくなる。まぁその辺りはセイネリアが考えるところでエルは主に下の人間の把握と、普段の対外交渉役であるから気にする必要はないが。


「……まぁでもなんだ、本気でお前がトップに立つって事になりゃなんか凄いのが出来上がりそうだよな」

「俺はやるなら半端な事はしない」


 言えばエルはカカっと豪快に笑った。


「でもお前いつも偉くなろうとはしなかったじゃねぇか。お前が偉くなったらなんかすごい事になりそうだって思うのにさ、お前はいつもお膳立てだけしてさっさと身を引いてたから、お前が本気で人を従えるってのに俺はちょっとわくわくしてンだぜ」


 あぁ確かにそうか――生き残るため一時的に指揮役をするのはあったが、考えれば自ら上に立とうと思った事はないな、とセイネリアは我ながら思う。


「お前にそれなりの地位って奴が伴ったらどうなるか楽しみだ。なにせ、どうぞ大陸を統べて下さいって言われたのを断るような男なんだからよ」


 はははっと、届いた酒を楽しそうに飲むエルを見て、だがセイネリアは笑えなかった。


この日の話はこれで終わり。

次回はまた夢の話。

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