7・夢と過去<1>
世界に魔法が溢れていた時、人々は誰でも魔法が使えた。
ただし魔法を使うには、自分の中にある魔力を元にして周囲の魔力を呼びこまなくてはならないため、自分の中にまったく魔力がない者は魔法を使えなかった。魔力がまったくないなんて人間は極めてまれだったが、『騎士』はそのまれな存在として生まれた。
幼い頃から皆が当たり前に出来る事が出来ず、彼に注がれる視線は憐れみか嘲笑ばかりだった。
だから彼は代わりに体を鍛えた。
彼は気付いたのだ、武器を使った戦闘なら魔法は大して意味はないと。魔法が発動するより速く動けば、魔法より強い力で武器を振るえば、まったく魔力がない自分でも戦いに勝てる。
彼はひたすら強くなることを目指した。
魔法が使えないと馬鹿にしてきた者達を悉く試合で負かし、一番強いのだとそれを証明してみせた。
だがそれでも、権力者達は彼を騎士としては雇ってくれなかった。
上の連中達は彼を、欠陥品の面倒な駒だとしか見てくれなかった。
『いくら強くても皆が普通に出来る事が出来ないのでは』
『他の連中と同じように動けない段階で使い物にならない』
『お前のためだけに命令の伝達方法や移動方法を変えろというのか?』
だがその中で――後に彼の王となるある男だけは彼を認めてくれた。
当時のその男はまだ地方の一豪族程度の地位ではあったが、考え方が柔軟で頭が良く、騎士を差別しなかった。それどころか魔力がなくても身体能力だけで誰よりも強くなった彼のその努力を讃えてくれ、男の夢や野望を打ち明けてくれた。だから彼は自分の一生を男に捧げ、その望みのために働く事を誓った。
そうして彼は幾多の戦場を駆け抜け、魔法に頼る『のろま』共を幾人も倒していった。
広範囲の攻撃魔法は敵の中にいれば味方を巻き込むから撃ってこられない。
こちらを狙って撃つ魔法なら狙いを絞れない速さで動けばいい。
強化術は使った本人の身体能力によって所詮限界がある、ならそれ以上の筋力を身に付けるだけだ。
音で弓や投擲武器を判別して避け、気配で後ろの敵の動きを感じ取る。
魔法が使えない分体と感覚を極限まで鍛えた彼は、戦場にいれば誰もが恐れる最強の騎士と呼ばれるようになった。そしてまた、そんな彼を慕って同じように魔法が使えない者、使えても問題がある者達が集まってきて、彼の下には魔法を使えない代わりに肉体を鍛えた部隊が出来上がった。
騎士と、彼の率いる部隊は恐れられた。
やがて、騎士が忠誠を誓った男は小さくとも国を作り、王を名乗るようになった。
騎士は自分の立場が誇らしかった。我が王を心から敬愛していた。
そんな中、騎士の愛する王に会わせてほしいと、一人の目つきの昏い男がやってきた。
それが、のちに大魔法使いと呼ばれるギネルセラだった。
毎晩のように他人の記憶を夢の中で体験させられていると、その記憶が一瞬、自分のモノのように錯覚しそうになる事がある。しかもムカつく事に、騎士の考えはところどころセイネリアと通じるモノがある。戦いの最中の記憶は特にそうなりやすい。しかも2,3日前からはまるで騎士の経験をそのまま体験させようとするように彼の生まれた時からの物語が続いている。おそらくは騎士が意図して見せているのではないかと思うが、どういうつもりなのだと苛立ちしかない。
――まったく、面倒だ。
起きた途端、セイネリアは頭を押さえて舌打ちする。
別に頭が痛い訳ではない、単に胸糞悪すぎて気分が悪いだけだ。
起き上がって体の様子を確認してみれば、特に問題はなかった。起きたらすぐに頭が覚醒して動けるのは元からだが、体をほぐす必要もなく即動けそうではある。
「どうされたのですか?」
そこで横で眠っていたカリンが声を掛けてきたから、なんでもない、と告げた後、ふと思い立って聞いてみた。
「俺が寝てる間に何か言ったり、うなされていたりしたか?」
「いえ……ありませんが」
「そうか、ならいい」
カリンが言うなら間違いはないだろう。ただ暫くは見ず知らずの他人と寝るのは止めたほうがいいだろうなとは思う。寝ていると夢で向うの意識や記憶が流れ込んでくるのは、自分の意識が薄れているせいであると考えられる。起きている時は自分の意識に手を出せない連中が、寝ている時に浸食しようとしてくる……そんなところか。
とはいえ、起きている時は完全に切り離せる。現状では感覚的には魔槍の時とさほど違いはない。日に日に向うの意識が強くなっているような感覚もない。もう少し様子を見ないと結論は出せないが、今のところは特に自分に大きな影響は出ていないように思えた。
そう、セイネリアは判断していた。
次話は、夢と過去<2>ではなく、魔法使いケサランとセイネリアの話。
<2>は次のエピソードの後で。




