78・傭兵団2
上級冒険者になると大抵の人間は傭兵団や私設騎士団なんてモノを立ち上げて集団で仕事を受けるようになる。勿論アジェリアンのようにあくまで固定パーティのメンツだけでやっていく連中も多いが、ある程度名の通っている者なら大抵人を集めて組織を作る。セイネリアならまずそうするだろうという事で彼が上級冒険者になってからは結構エルは聞かれる事が多いのだ。ちなみにエル自身だって上級冒険者になった時にどうするんだと聞かれたが、セイネリアが傭兵団を作る可能性を考えて彼が帰ってくるまでは保留にしていたというのもある。
「つまり、俺の名で美味い仕事を欲しい奴らがお前をせっついてた訳か」
まぁそうではあるけどさぁ……と顔は引きつるが、一応はちゃんと集める側の人間にもメリットがある関係ではある。それをこの男が分からない筈はない。
「そう言うと身も蓋もないけどよ、実際、お前も冒険者としての固定の部下っていうか下っ端がいれば役に立つ事もあるぜ。とりあえず、さっきも言った通り個人じゃなく団単位でなら、仕事する時の発言力が違う、それはお前にとっちゃ重要じゃないか?」
「そうだな……確かにそれなりのメリットはある」
やっとノってくれたか、と具体的な話を畳みかけようとしたエルだったが、そこでセイネリアが立ち上がって肩透かしを食らう事になる。
「おいっ、セイネリアっ」
慌ててエルも立ち上がる。
折角話を切り出したんだからせめて傭兵団を作る気があるのかないのかくらいはハッキリさせてほしかった。
ただこちらが引き留めるのは彼の予定内だったようで、セイネリアは待っていたようにこちらが立ってから笑って言ってきた。
「俺が傭兵団を作るなら、半端なモノは作りたくはないからな。それなりに準備がいるだろ、すぐにどうこうという話は出来ないな」
「そ、そりゃなぁ……」
でも作る気があるなら早めに根回しやら声掛けやらはしていた方が言い訳で……思って顔を顰めたエルを黒い男は鼻で笑う。
「安心しろ、実際、人を集める事にしたら真っ先にお前に声を掛けるさ、俺をせっついた分の責任は取らせてやる」
我ながらいかにも不満そうな顔をしていたと思うエルだったが、セイネリアの言葉を理解するのが少しだけ遅れた。
「ぇ……あ、お、おう」
だからちょっと間があいてからすぐ返事を返した訳だが、その時点でもまだエルの理解は半分程度だった。ただそこから更に考えて――つまり、傭兵団を作るとしたらまず最初にこちらに声をかけてそれなりに重要ポジションをくれるという訳で――とそこまで理解した途端、思わずへらっと笑みが湧いた。
「じゃぁな、また後で声を掛ける」
その一言と一緒に肩を叩かれたから、急いで、おう、とだけ返事を返せば、セイネリアは背を向けて手を軽く上げて歩いて行った。
相変わらず一々やる事全てが偉そうな奴だと思っても彼が言った事を違えないのは分かっているので、エルは引き留めることもなく椅子に座った。
――あいつの事だ、傭兵団作るとなったら俺をこき使う気だろうな。
またえらい苦労する事になりそうだ、とは思ってもそれを考えると楽しくもある。このところ頭がずっと沈む方ばかりに行っていたから暫くはそちらで忙しくするのもいいだろう。……どうせ弟の件は真相が分かったものの調査はやり直しになる、すぐにどうこう出来るものでもない。
ウラハッドの最後の告白によって、弟の死の真相は分かった。とはいえ彼はその計画を企てた犯人の貴族の名を告げずに死んでしまった。
唯一あたりをつけていた男はもういないから、あの事件について調べるのは一からやり直しとなるだろう。手がかりがないところからまた調べなくてはならない。
傭兵団を作るとなればいろいろな人間に話を聞く機会もあるだろうし都合がいいと言えなくもない。急げば結果が出るというものでもないから、地道にまた少しづつ調べてみるしかないとエルは思っていた。
ただ……内心ではエルも分かっていた。
おそらく――セイネリアに相談すれば首謀者の貴族の名くらい簡単に調べてくれるだろう。もし復讐したいから手伝ってくれと言っても彼なら軽く引き受けてくれそうな気もする。ただ受けてもらえたらもらえたでこちらはその労力に返せるものがない。酒を奢って済むようなものならまだしも、リスクが相当あるだろう内容を頼むなら一方的に彼を頼っただけになってしまう。返せない借りは極力したくなかった。
それでも、どうしても彼の手を借りなければならなくなったら――その時のため、せいぜい今は彼に『貸し』を作っておくしかないかとエルは思う。勿論それは最後の手段だが――自嘲と共にエルは残った酒を飲み干した。
エルとセイネリアの会話シーンはここで終わり。
残りは他の面々の話をちらっと。
次回はクリムゾンの話から。




