58・結界1
それは、ただの偶然ではあった。
昼に少し眠ったおかげか夜はすぐ眠りに落ちなかったエルは、セイネリアと話すかと思って起きて暖炉の部屋へと行った。そうしたら彼がいなくて、もしかしてと思って外に出てみたら光が見えたという経緯だ。
へたに出ていったら何が起こるか分からないから、エルは影からじっと二人の会話を聞いていただけだったが、メルーが消えると同時に急いで出て行った。
「閉じ込めたってのはどういう事だ?」
だが聞いてもセイネリアはこちらをちらと見た程度で、返事もせずに何かやっている。それが何か分かったのは何もない空間に光の輪が現れたからで……ここでなんであの女の作った倉庫を開けるんだとエルは思った。
「おい、セイネリア?」
「黙ってろ」
「はぁ?」
何やってんだコイツ――という気持ちは変わらなかったが、そういわれればエルだって黙ってセイネリアの行動を見るしかない。そもそも何の説明もなしにいろいろ先手を打って進める、というのは彼の行動としては珍しくないし、何か考えがあるのだろうとは思うのだが。
やがて光の輪の中に空間が開いたらしく、セイネリアが馬鹿にしたような声で呟いたのが聞こえた。
「まだ使えたか。やはりあの女は抜けているな」
確かに、こちらに渡してる鍵をまだ使える状態にしてあるのは間抜けだとは思ったが、そもそもセイネリアがこの倉庫を開けた意図がエルには分からなかった。まさかと思うが、彼が何か失くしたくないものでも倉庫に入れておいたのかと思えば……。
「おい、どうする。あの女につくか、それともこっちにつくか?」
――誰に言ってンだ?
どうみてもセイネリアが話しかけているのは倉庫の中に向けてだ。ラスハルカじゃあるまいし、倉庫の中に何か見えないモノでもいるのかと思ったエルは倉庫に近づいて行って、セイネリアの後ろから中をのぞき込もうとした。
「あの女はお前を助ける気はあるようだ。だから、そのままそこにいれば、あの女が出してくれるとは思うぞ」
その言葉でエルもまさかと思う。そういえばセイネリアは先ほどメルーと彼女の事を話していた。そうエルが考えると同時に、倉庫の中で何か音がした……と思ったらその声が返ってくる。
「随分余裕だけど、貴方には、あの女をどうにかする方法があるって事?」
正直、アリエラの声を聞いて、エルは安堵して笑った
穴から出てこようとする彼女に、セイネリアが手を伸ばす。
「そうだな、あるといえばある」
「確実に?」
「さぁな」
それには少し考える間があったが、そこで彼女はセイネリアの手を取ると穴から這い出てきた。
「……いいわ、そっちにつくわよ。あのおばさん信用出来ないし、どうにもまずい匂いがするもの」
幸い今は少し月明かりがあるから、彼女が確かにアリエラであることは確認出来た。エルは大きく安堵の息を吐いてから彼女に言った。
「アリエラ、お前さん、そんなとこにいたのか」
そうすれば勝気な少女は腰に手を当てると、怒る勢いで言ってきた。
「そうよ、この中に空気があるって事は分かってたし。最悪でもあのおばさんか、誰か一人でも帰れればここを開けてくれると思ったもの。……ただ、ふっるい本が積み上げてあるおかげで、あり得ないほど埃臭くてたまらなかったわ。もう、最初なんか咳が止まらなくて服破ってマスク作ったのよ、あーもー、新鮮な空気が美味しいー」
言いながら、すごい勢いで体の埃を叩いたかと思うと、彼女は大きく深呼吸を始めた。その元気すぎる様子に、エルは安堵したのも相まって顔が笑うのを止められない。ただそこでエルはふと思い出してセイネリアに聞いてみた。
「もしかしてお前、最初から彼女が中にいるってのが分かってたから、あっさりあそこで見捨てて行こうって言ったのか?」
それにはセイネリアではなく、アリエラがすごい勢いで彼を指さしながら言ってきた。
「そーよ、その人、中を覗いたりはしなかったけど、鍵自体はつかって何度かあの空間を開けてたもの。声掛けてこないし、まだ地下みたいだったから、私は本の影に隠れてたけど、実際は気付いてたんでしょ」
そこでエルは思った。彼女がこんなにも喧嘩ごしで話してるのは、倉庫を開けておいてセイネリアに無視されたせいかと。ちらといつでもふてぶてしい態度の黒い男をみれば、彼はいつも通り当然というようにしれっと答える。
「まぁ、あそこから出したところで、どうせ足手纏いになるだけだからな」
エルは軽く頭を押さえた。いや、彼らしいといえば彼らしい判断だが。
アリエラは無事でした。ってとこでここから数話はメルーの結界をどうするかという話。




