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黒の主  作者: 沙々音 凛
第三章:冒険者の章一
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8・逃げるなよ

 ざっと、木々が鳴って。黒い影が空へと飛びあがる。


 リヴドへと飛びつこうとしたその影は、だがセイネリアが放った矢をよけてリヴドより少し離れた位置に着地した。すぐさまセイネリアは次の矢を放つ。黒い影は更に横に跳ねて逃げた。


「くそっ、速ぇぇっ」

「ザラ、後ろだっ」


 一応化け物退治をしようとするだけあって、彼らも冒険者としてそれなりの能力はあるらしい。最初は狼狽うろたえたもののやがて背を向けて輪を作るように陣形を組んだ彼らは、木と木の間を素早く飛び回る化け物に向けて身構えた。化け物の方も多少は警戒し出したのか、こちらの周りをぐるぐると回って様子を見ているようだった。

 

――逃げない、という事は俺達を倒せる敵だと認識したということだろうな。


 用心深く不利になるとすぐ逃げる、と聞いていたその通りなら、こちらは奴にとって脅威ではないということだろう。試しに木に飛び移るその瞬間に矢を撃ってみても化け物はキーという高い声を上げるものの逃げようとはしない。ただそこで一度木の上で止まった為にその姿をはっきり確認する事は出来た。全身黒い体毛で覆われた姿は確かに猿のようで腕が相当に長い。足も長そうだが、しゃがんだような恰好でいるためそれはよく分らなかった。だがおそらく、立てば大きさはセイネリアの背さえ越せそうだと思われた。

 セイネリアはもう一度弓を構えて矢を撃とうとする。だが運悪くその動作は化け物の動くタイミングと重なって、一気にこちらへ飛びかかってきたそれに対応するのが遅れた。


「くそっ」


 弓を撃つセイネリアを邪魔だと思ったのか、化け物はセイネリア目がげて飛びかかってくる。鋭い爪の攻撃を、だがセイネリアは咄嗟に弓で受けた。とはいえ直後に弓は壊れて、セイネリアはとにかく化け物から離れようと横に倒れ込んだ。それから地面を転がって、止まると同時に剣を抜く。そこでまた飛び掛かってきた黒い影に向かって、セイネリアは剣をぶんと自分の周りを薙ぐように大きく振りまわしながら立ち上がった。

 今度は化け物は大きく後ろへと飛ぶ。セイネリアはその隙に体勢を立て直して構えをとる。

 だがそこでセイネリアの目に入ってきたのは、逃げていく他の『仲間』の姿だった。成程こういう事かと思いながら、セイネリアは化け物を睨んで舌打ちした。


――流石に一人でこれを倒すのはきついか。


 とはいえここで彼らを追って自分も逃げるという選択肢はない。今ここで背中を向けたら終わりなのは分かっている。

 それでもまだ、ここを切り抜けられる可能性は残っていた。


 流石にあれだけ飛び回っただけあって、化け物は木の上で肩を上下に揺らしていた。セイネリアは腰の荷袋に手を入れると更に小さい袋の中から小さな石を取り出し、それを爪で押した後に空へと向かって放り投げた。

 リパの光石は、空中で弾けて眩しい光を辺りへ放つ。曇った薄暗い天気の今日なら、それは森を見ている者がいれば必ず気づく筈だった。

 光で興奮したのか、化け物がそこでまたセイネリアに襲い掛かってくる。セイネリアが剣でその爪を弾けば、化け物は次は体毎ぶつかってくる。それを剣で受け止めようとしたもののその手ごたえは腕に返ってくることはなく、セイネリアは化け物の体当たりを体で受けてふっとばされた。

 一瞬、何が起こったのか分らなくとも、意識を飛ばさずに済んだのは幸運だった。

 反転する風景の中、倒れたと同時にセイネリアは横へと転がった。咄嗟に腰にあった剣の鞘を掴んで剣帯から引きちぎり、次に襲ってきた化け物の爪をそれで受ける。とはいえ起き上がる事までは叶わない。背を地面につけた体勢のまま、上に乗り上げて来た化け物をセイネリアは見上げることになる。やはり猿のような顔をしたそれは歯をむき出していて、獣の臭いが鼻を襲う。涎がぽたりと頬に落ちてくればさすがにセイネリアも顔を顰めて吐き気を堪えるのに必死になる。だがその口が大きく開き、ギィっと威嚇を込めて叫んだそれには動じる事なく、セイネリアは化け物を足で蹴り上げた。

 足は空を蹴る。化け物は飛び退く。そうしてセイネリアはふら付きながらもどうにか立ち上がった。

 頬を拭って、つばを地面に吐く。まだ胃のむかつきは取れないが今はそれどころではない。また木の上で息を整える化け物を確認してからセイネリアはちらと自分が倒れた場所を見る。そこに転がっていた綺麗に刀身が折れている剣に、セイネリアは皮肉げに唇を歪ませた。


――あの魔法か。3,4回で術が解けるんじゃなくて剣が折れるとはな。


 恐らく自分にだけはただの強化魔法ではなかったのだろう。

 ただそれでもセイネリアの顔は笑みを浮かべる。自分でも意識していないが笑みが湧いて仕方ない。何故なら先ほどまでと違って、今のセイネリアにはこの化け物を倒せるイメージが頭に浮かんでいたからだ。


――やっとか。


 セイネリアは木の上の化け物を睨んだまま持っていた鞘を投げすてると、右腕を横に大きく伸ばした。そうして、まるで宙にある何かを掴もうとするように掌を開けば、程なくしてそこには禍々しい斧刃を持った槍の姿が現れた。


「遅いっ」


 苛立ちのままそう声を上げて、セイネリアは魔槍をその場で一度振る。血を欲しがって輝きを増す斧刃が光の軌道を描き、高い音を立てて空気を斬る。魔力の脈動と槍の中の意志の高揚をその手に感じて、セイネリアは化け物を睨んだままゆっくりと構えを取り、その槍の穂先を木の上で動けなくなっている化け物に向け、そうして呟いた。


「さて、逃げるなよ」



次は場面切り替え。

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