17・魔法使いの家6
「おじさん、それで振られた経験あり?」
「あぁ、まぁね」
それでウラハッドとアリエラの二人は黙った。
しばらくは暖炉の火が爆ぜる音だけが部屋に響く。
エルは二人に聞こえないようにあくびをしたが、それとほぼ同時にウラハッドがまた話し出す。
「好きな人がいたんだ。一応恋人……と言ってもよかった。けれど、彼女は俺よりも強くて、家も金持ちでね。俺は自信がなくて、なかなか彼女に結婚を言い出せなかった」
ウラハッドの声には自嘲と後悔があった。
だからそれがハッピーエンドで終わらない話だというのはすぐに分かる。そして何故唐突にそんな話をし出したのか……考えて、エルの胸はざわついた。
「バカね、一応恋人になってくれたんなら、その人はおじさんの事好きだったんでしょ?」
「はは、そうだね……多分」
少女の不満そうな声は、気持ちよい程的確に確信をつく。
それに釣られたのか、もしくは何か決心でも出来たのか。思い切ったように大きく息を吸うとウラハッドは話を続けた。
「とりあえず、立場だけでも彼女に胸を張って言えるようなりたくてね、ある仕事を受けた。……けどね、そのせいで彼女は死ぬ事になってしまって、だから俺はもうその時から抜け殻なのさ」
聞いている間に、エルは掌を強く握り締めていた。
――ある仕事、か……。
エルは思う。これはアリエラに話しているように見えてその実自分に向けているのではないかと。ただ死んだ彼女の事を教えるだけならここまで言う必要はない。『ある仕事』とはあの事件の貴族護衛の仕事の事を言っているに違いない。
「なによそれ」
アリエラの声は明らかに怒っている。
「もう生きていても仕方ないって思いつつも死にきれない。そんな最低な男なんだ俺は……」
ウラハッドの声は泣きそうで、酷く弱く、情けなく聞こえた。
エルは掌を握りしめたまま声を出すのを我慢していた。本当なら今すぐ彼の襟首を掴んで真相を洗いざらいしゃべらせてやりたいが、それにアリエラを巻き込む気はない。
けれど、そのウラハッドに笑える程痛快な少女の声が投げられた。
「彼女が死んだ理由も、おじさんがどれだけ馬鹿な事やったのも知らないけど、そんな風にぐだぐだ考えながら生きてるのなんてばかばかしいわ。後、言っとくけど、今回の仕事を受けたなら一応無駄死にはやめといてよね。意味もなく戦力が減るのは困るもの。やれるだけはやって頂戴」
言葉だけ聞けば酷い言い草だが、だからこそ今の彼には響いたらしい。
ウラハッドは小さく笑い声を上げて、彼女に少し明るい声で尋ねた。
「つまり、役に立って死ぬならいいのかい?」
「えぇ、死んでもいいって思ってるなら、誰か一人犠牲にならなきゃならないってとこで死んで頂戴」
それにはエルも笑いたくなった。
アリエラの理論はどこまでも合理的で割り切りが良すぎている。この考え方はセイネリアにも似ているかもしれない。ただ当然、あのいかにも不気味な男がいうのではなく若い少女が堂々というのだからまったく受ける印象は違う。なんだかひたすら痛快な気持ちになる。
ウラハッドに言いたい事を言えない分、事情を何も知らない筈の彼女の、あの男の暗さをばっさりぶった斬るような言葉がエルには気持ちよかった。
「わかったよ、出来るだけお嬢ちゃんを助ける為に死んであげられるようにするよ」
まるで救われたような声でウラハッドがいう。いや、まるで、ではなく本当に彼は彼女の言葉で救われたのかもしれない。
「そうね、そうしたら涙の一つも見せてお礼を言ってあげるわ。……後は気にしないけどね」
「あぁ、それでいい、十分だ」
男の声には安堵があった。
死に場所を求めていた男にとってきっと今、心を軽くする希望が見つかったというところだろう。
この仕事で彼が死のうが生きようがエルにとってはどちらもでもいい。
けれど彼から真実を聞くまで、彼を死なせる訳にはいかなかった。
エルがここにいる理由は弟のため。
あの貴族の襲撃事件で雇い主を裏切って襲ったと言われる、護衛として雇われた冒険者達――その中にはエルの弟がいたのだ。
ってことでエルの目的は大体わかったかと。
次回からはセイネリアとメルーのやりとり。




