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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十四章:予感の章
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25・交渉と条件3

 魔法使いの声は固い、言葉を選んで慎重に言っているように聞こえるところからして、それがこちらに言えるぎりぎりの内容なのだろうとは予想出来る。


「今更だろ、それに……そんな事は既に『収集者』から聞いている、貴様らの『予知』もな」


 言えば人の良すぎる魔法使いは下を向いた。彼がこうしてこちらと視線を合わせず言ってくる時は、何か後ろめたい事があるか言いたくない事を言う時だ。この魔法使いは嘘は言わない、その代わり言っていない事が多数ある事はセイネリアも承知済みだった。

 セイネリアが待っていれば、ケサランはそのまままた呟くように言った。


「俺には予知系の能力はない、のだが……何か、お前に関して嫌な予感がする」


 予感、とはまた随分と具体性のない言葉だとセイネリアが思えば、魔法使いはすぐに頭を振って言葉を続けた。


「いや……だがこれは別に根拠がある訳じゃない……だから、忘れてくれていい」


 確かに、予感、なんて言葉を使うのなら根拠はないのだろう。そんなもの普段なら馬鹿にするセイネリアだが、この魔法使いならそれを分かっている筈だった。それでも言ってきたという事はそれだけの意味があるとも取れる。


――まったく、『忘れてくれていい』と言われた内容が一番頭に残っているんだからな。


 ただそんなものがここまで気になるのも不思議ではあった。

 魔女騒ぎの時、収集者フロスから彼等の予知というのを聞いた後、勿論セイネリアはムカつきはしたがそこまで引きずりはしなかった。魔法使い共も起こるだろう事を詳しく分かっている訳ではないし、そもそも先になればなるだけ未来は確定していない――という事はレンファンの予知からも分かっている。ならまだ決まっていないものをどうこう考えても仕方がない、現状自分で最善だと思う選択をしていくしかないと割り切れた。


――『予知』よりただの『予感』の方が気になるとはな。


 普通なら逆だろうというところだが、セイネリアにとってはどちらも同じようなものではある。ただ知りもしないどこかの魔法使いの『予知』などより、信用している魔法使いの『予感』の方が気になるのは仕方ないか。おそらくあの言い方だと、あれは彼としては好意で言っている言葉だろう。


 ただ理由としてもう一つ上げるなら……自分も危険な匂いを感じているから、か。


 魔法使い達の秘密を知れば知るだけ、彼等に対する嫌悪感は増すばかりだった。これ以上彼等の側に踏み込めば、確かに自分の力で抗えないような状況に陥る可能性があると感じている。

 カリンの件は前から考えていたことで、予定通りこちらの要求が通ったのだから問題はない筈だった。向うに提示した条件も予定通りでカリンを疑う気など少しもない。

 だが本当は、その提案にもしかしたら自分は不安や後悔を感じていたのだろうか、それがケサランの言葉と重なってやけに気になるのか――そう、セイネリアは考えてみる。

 考えればラドラグスの街に行ってから特にこの不快感を感じていたから、自分は帰る時のカリンへのテストの事を考えて本当に実行していいのか迷っていたのかもしれないとも思える。


 それでもそう考えるとおかしくもある。実行までは多少の不安や迷いを感じていたとしても、いつもの自分なら終わった事をぐだぐだ考えたりなどしない筈だった。今でも残るこの感覚の意味が分からない。


――結局、苛立っているのにその原因がはっきり分からない事に苛立っているのか、俺は。


 月明かりが入って暗闇と青白い姿に二分された天井を見つめてセイネリアは皮肉げに笑った。自分で自分の感情が制御しきれないというその事自体が不快でもやもやした感覚が消えないのかもしれない、と考えればそれはそれであっている気もした。


――まぁ、こんな理不尽な感覚になる程度には、俺も人間らしいところがあるということか。


 皮肉に唇を歪めて暗闇を睨んでいた目を閉じる。だがそれからすぐ、セイネリアは人の気配を感じてまた目を開く事になった。


 少しだけ聞こえた足音、ドアの前で止まったそれが誰のものかはすぐにわかった。しかも消そうと思えば消せるのに、わざと気配を消さないようにしているのがおかしくて口元に笑みが浮かんでしまう。


「入ってきていいぞ」


 声を掛ければドアがそっと開く。何か用事がある時にすぐ報告に来れるようこの館にいる時には部屋に鍵を掛けてはいない。


「何か用事か?」


 声を掛ければ、カリンは部屋に入ってきてドアを締めた。


「お疲れのよう、でしたので……」


 ベッドの傍までくれば、窓から入る月明かりで彼女の姿が浮かび上がる。


「あぁ、疲れてるから今日は一人で寝ると言った」

「いえ、その、体ではなく……ボスが精神的に疲れて、いる、ようでしたので」


 セイネリアはそれには少し驚いて目を開いた。

 言われてその可能性を考えてみれば、確かに……これは苛立っているというより少し疲れているのかもしれない。


 となれば思いつくのはいつもと違う事――あの街に行ってきた事が原因か。


 故郷の街を見て、その風景になんの感慨も湧かなければ懐かしむ気持ちも感じなかった事にセイネリアはある意味安堵した。だが実際は、あそこにいる事それ自体が自分にとってはストレスだったのかもしれない。

 考えればラドラグスの街にいる間、セイネリアはずっと居心地の悪さというかとにかく早く用件を終わらせたい気持ちがあった。


 勿論、先程まで考えていた通り、自分の中の悪い予感が魔法使いケサランの言葉と重なって嫌な感覚になっているのが元にはあるのだろうと思う。

 だが自ら記憶を消して忘れるほどの思い出がある場所にいけば、精神的に負荷がかかっていても当然だとは言える。自分はあえて母親の事は考えないようにしていたが、封印した心の奥では何か藻掻いている感情があるのかもしれない。


「そうだな、体よりお前がいうように少し……精神的に疲れていたかもしれない」


 自分で気付くより部下に指定されるとは間抜けな話だと思いつつ、セイネリアは言うとわざとベッドの上で横になって彼女に背を向けた。


「気付かせてくれた事は礼を言う、だが今日は一人にしておいてくれ」


 けれどカリンは動かない。その場に立ったままでいる。まだ何か言いたい事があるのかと待ってみれば、暫くして彼女は少し不安そうな声で言ってきた。


「ボスは……私の事はボスの一部だと言ってくださいました。ですから……今、私がここにいてもボス一人でいるのと同じとは言えませんか?」


 セイネリアは唇を自嘲に歪めて、クっと一度だけ喉を鳴らした。それからベッドの上で上体だけ起き上がらせるとカリンの方を向いた。


「あぁそうだったな、お前は俺の一部だ。だからお前はここにいてもいい」


 そうして彼女に向けて手を伸ばせば、カリンは嬉しそうにその黒い瞳を細めてこちらにやってきた。


無理矢理3話に詰め込みましたが、どうにかこのシーンは終わり。

あと2話くらい?でこの章は終わりかと思います。

次回は魔法使い側の話。

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