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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十四章:予感の章
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13・去る前に1

「……確かに、それはそうだが」


 溜息と共にステバンが言えば、セイネリアが笑ったのが気配で分かる。馬鹿にされたのだろうかと思って彼をちらと見れば、彼は自分に後一回だけだと告げた時のようにこちらを試すような目で見ていた。


「それに、あんた言ってたろ。ベストな装備の俺と戦いたいと。なら騎士団外でやる方がいい。ただ言っておくが辞めたら装備も新調するつもりだからな、今よりずっと厄介になってあんたの勝ち目はなくなってると思うぞ」


 彼の自信は恐らく本当で、確かに現時点で敵わないのなら装備を整えた状態の彼にはもっと敵わないと思う。けれど、戦わず諦める気はなかった。


「なら俺も勝負に行くときは装備でもやれることはやれるように考える。勿論、体も今よりずっと鍛えておくさ。……少なくとも、体力切れで負けるのは2度までだ、3度目はない」

「せいぜい、楽しみにしてる」

「本っ当に憎らしい奴だな君は」

「そりゃ、あんたみたいないい子ちゃんじゃないからな」


 ステバンは苦笑してまた天井を見る。確かに自分は彼の言う通りいい子ちゃんでそれを捨てられはしないだろう……だが、だからこそ彼とは違う方向の強さを得られるとも思う。


「……しかし、騎士団を辞めるのか」

「あぁ、もう十分ここがどうなってるのかは見たからな」

「そうか……」


 正直、彼が辞めるという事自体に驚きはなかった。というか最初から彼が長くここにいる気はしなかった。ただ、当分彼に会えないだろう……次は本気で何時か分からないと思うとやはり寂しいとは思ってしまう。

 だから、別れの言葉は言わない。


「なら、また次の勝負まで。今度こそ君に勝てるように鍛えておくからな、行ったらちゃんと勝負してくれよ、約束だ」


 少し言葉は強引だったが、ステバンはまた彼と『約束』をしたかったのだ。


「あぁ、約束だ」


 だから彼がそう返してくれたことが、ステバンは心から嬉しかった。






 兵舎におけるセイネリアの部屋は2人部屋だが同室相手が嫌がって逃げたため実質個室となり、結局それは今もそのままだった。実は今期、新人がきたらこの部屋に入れる予定もあったらしいが、この隊に人が増えなかったのもあってそれは流れたらしい。あとはもしかしたら、ハリアット参謀官には間もなくセイネリアが辞める事を伝えてあったため、出ていくまではそのまま個室扱いで保留としておいてくれた可能性もある。彼は人事的な面での権限がかなりあるためあり得る話ではあった。


 ともかく、実質個室だったおかげでセイネリアとしても仕事外での騎士団生活は気楽で快適であった。個室のメリットはさんざん使わせてもらったが、最後くらいはそのメリットを他人のために使ってやってもいいだろう、と思った訳だが。


「……ふん、本気で個室か、優雅なもんだ」


 部屋にやってくるなりバルドーはそう言って、部屋の中をじろじろ見た。とはいえ既に消灯時間が過ぎているためランプ台の明かりはかなり落としてある。薄暗くてよく見えないだろうとも思うが初めて来た場所ならまずそうなるのも分かる。


「っても殺風景だな、私物らしい私物もない」

「そもそもここに長く居付くつもりがなかったからな」


 言えば、バルドーは窓際、テーブルを挟んでセイネリアの座っている椅子の反対側にある椅子に座った。


「……辞めるのか」

「あぁ、知ってるんだろ?」

「まぁな。どうせお前はそもそもここにこなくても良かった訳だしな」


 言っている間にバルドーの前に置いておいた木製のコップに酒を注いでやれば、彼は手に取って一口飲み……それから驚いたようにこちらの顔を見た。


「美味い酒だろ?」


 笑って言ってやれば、彼はこちらの意図を探るように睨んでからテーブルにある瓶を見た。余程のいい酒ではない限り、こんなモノに入れて、しかも凝ったラベルなんてつけないのだからそれだけで彼もこの酒の価値がある程度分かった筈だ。


「相当いい酒だな」

「そうだ、下っ端冒険者じゃなかなか飲める酒じゃないぞ、味わっておいた方がいい」


 勿論セイネリアは澄まして普通に酒を飲む。そうでないと彼も飲みにくいだろう。

 ただこれだけのいい酒をここで飲むのはいいとしても、ワラントの館からグラスを持ってこなかったのは少し悔やまれた。


「なんでこんなのを……」

「何、あんたには世話になったから礼をしとこうと思ってな。それに貰いモノだ、あまり気にしなくていいぞ」

「どーゆー奴がこんなのくれるんだよ!」


 呆れながらも彼も今度はゆっくり味わうように酒に口を付けた。そうして口の中で味わってから口を離すとともに、ふぅ、と満足げに溜息をついた。


「……まぁ、あれだ。一応お前も礼なんて考える人間だったんだな。俺に何も言わずいきなり辞めやがったら、恩知らずのクソ野郎と言いふらしてやるつもりだったぜ」

「いつものあんたならどういうことだと血相変えて呼び出してくるところがなかったからな、あんたが相当ムカついてるのは知ってた」

「そらな、こっちは散々てめぇの我がままのフォローしてやったのになんの説明も相談もなしなんだからよ」


 言って彼は手持ちの中身を飲み干すと注げとこちらに出す。セイネリアは笑いながら酒を入れてやった。


そんな訳で最後はバルドーに礼をしてお別れ。

ここからあと2話くらいは彼とのやりとり。

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