3・夕暮れ3
「虫共が来た段階で、敵の狙いは虫共にこちらを襲わせる事だと思って皆で虫の排除をしようとしたろ」
「……あぁ」
そこまで言えば、グティックも思い当ったのか表情が変わる。
セイネリアは不機嫌そうに言葉を続けた。
「あそこで虫共を殺さなければ、化け物はこちらを襲ってこなかった。あのまま虫共をいかせても本隊は既に逃げていた筈だし、無駄な戦闘の必要はそもそもなかったのさ」
「そんなの結果論だろ……あの時点で分かる訳がない」
「そうではあるが、排除しようとする前に虫がこちらを攻撃してくるか一旦避けて見ていれば気付けた。虫の大軍を即潰そうとしたのは完全に俺のミスだ」
「それは……あんなのが来たら、どうにかしないとって思うだろ、普通」
嫌そうな顔をした彼は、溜息をついてそう言ってくる。まったく何故彼が自分のために弁明するような事を言っているのかと、その人の良さに呆れるくらいだ。
「だがもしあそこで、戦力的に虫共との戦闘は厳しいと思っていたらどうしていたと思う?」
だから少し切り口を変えてみれば、彼はまた訳が分からないという顔をした。
「そうしたら逃げて本隊と合流しただろうが……だが、それこそ本当に結果論だ、今更言う事じゃない」
「そうだ、つまりあの時俺は戦力的にいけると判断したから、最初から虫共を潰すつもりで動いてしまった。実際数も想定以上だったし、奴らがこっちを襲ってきてたらあの化け物が出てくる前に犠牲者が出てた可能性が高い。まったく、自信過剰の若造らしい判断ミスだ」
セイネリアとしてはあの場面は自分の馬鹿さ加減に呆れるくらいなので、あれを見て『相手の先を読んで正しい判断』なんて言われたらムカつくくらいだ。
グティックはぽかんと口を開けて暫く止まっていたが、そこで大きくまた溜息をつくと聞いてきた。
「それで……だから、お前は何が言いたいんだ」
今度はセイネリアがわざと溜息を吐いてみせる。
「言ったろ、俺がいつでも正しい判断を下せる訳じゃないという話さ」
「でも最終的には化け物を倒して誰も被害は出なかった。少なくともあの時、お前の指示はいつでも迷いがなくて正しいと思えた、ミスだと思う奴はいなかったと思うぞ」
「当たり前だ、あの時点でミスだとバレたら皆の士気が下がるだろ」
グティックがまた目を丸くする。
「人を動かすなら迷いなんか見せない。嘘でも味方に勝てると思わせられないとその時点で負け確定だ。ミスなんかして当然、想定外の事態も起こって当然、その度に動揺する暇があったら次にどうすればいいか考えるだけだ」
真面目過ぎる男はそこでまた少し呆けたように考えていたが、唐突にぷっと吹き出すと笑い出した。
「つまりお前は、いつでも正しい判断をしていた訳じゃなく、そう見せられるように振る舞っていたということか」
「そういうことだ」
セイネリアもそこでにやりと笑ってみせる。
「酷いペテン師だ」
「嘘でもハッタリでも、勝つためになんでもする。最終的に勝てば過程のミスなんて誰も気づかないさ」
グティックはそれにも笑ったが、暫くすると笑い声を収めて彼は少し辛そうにこちらを見てきた。
「だがやはり……どんなミスをしても最終的に勝てるお前はやっぱり凄い」
それからトン、とこちらの肩を叩いて一歩彼は後ろへ下がった。
「お前がわざと俺達と距離を取ろうとするのは……騎士団を辞めるつもりだからか?」
やはりこの男はウチの隊では一番『見込みがある』とセイネリアは改めて思う。
「そうだ。飼い主の下で居場所を確保する気はない」
「俺達じゃお前の仲間になれないって事か」
「それもある。俺を頼るような連中には用はない」
「そっか……きついが、否定は出来ないな」
より正確にいうなら、こちらを頼るような連中はセイネリアにとって下っ端の駒程度にしか思えないというところで、そういう連中には恐れられるくらいのが丁度いいからだが……彼にはそこまでいう必要はないだろう。
グティックのように年下の人間を認めてそれに従って上を目指そうなんて思える人間はきっとこの先伸びるだろう。本来なら『用がない』と切り捨てるような人間ではないが、性格上彼はセイネリアと共に行けるような人間でもない。
「まぁ、お前の考えは分かった。俺達と仲良くやってこう、なんて言えないのも分かった。ただ……俺はお前に感謝してる、それだけは忘れないでくれ」
「あぁ」
それでグティックは手を振って兵舎へと行ってしまった。
セイネリアは再び剣を振り始めたが……もう一人、隠れていた影もグティックを追っていったのを確認して苦笑した。
次回からステバンとの勝負に入ります。ただ次話はまだ戦闘シーンまでいけないかな。




