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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十三章:騎士団の章二
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56・約束……だが3

 笑みさえ浮かべてなんでもない事にようにさらっという男に、ステバンは次に聞く言葉が出てこなかった。


「それを皆に教えてやったのさ。ついでに言えば、夫人に手を出したのはそもそも隊を危険なところに飛ばして貰うためだったとな」

「え? それは、どういう……」


 ステバンとしては理解が追いつかない。彼の言葉も、彼の考え方も。


「腐ってだらだらしてる連中をみてたら、戦場に放り出してみたくなっただけだ」


 それを笑っていう男に、ステバンはもう理解が出来なすぎて顔が引きつった笑い顔みたいになってしまった。


 ……ただ、考えればわかる事もある。


 ステバンだって怠けてる予備隊連中に苛立っていた事はあった。正直彼らを見下していた。だから……彼もまたそういう連中にムカついて『戦えなかったら死ぬしかない』状況に放り出した、というのは気持ち的には一応分かる。……分かる、が。


「それで死人が出たらどうする気だった?」


 今回は少なくとも第三予備隊から死者は出なかった。だがもし出ていたら彼のせいだと言われても仕方がない状況だ。


「だが、死ななかったろ?」


 それを自信たっぷりにいう男にステバンは呆れる。

 殺さないで皆をフォローしきる自信があったという事だろうか。

 ステバンがまた何も言えずに黙っていれば、セイネリアは笑う、楽しそうに声を上げて。


「ま、結果的には誰も死ななかったが、死んでも仕方ないと思ってた連中もいた。今回は運良くうまくいっただけだ」


 ステバンはなんだか頭が痛くなってきて手で押さえた。


「勿論出来る限りは死なせないつもりではあったさ、だがそれでも死ぬならそいつらはそれまでの人間だったという事だ。どうせ連中はあのまま無事オツトメを終えて冒険者に復帰したとしても、騎士の割りには使えないと馬鹿にされて更に腐るか、自分の実力を見誤って早いうちに死んでただろうしな」


 その言葉を言った時の彼は笑っていなかった。

 ステバンは考えた。頭は整理できなくてなんとも納得できなかったが、それでも直感で思った事はある。


「つまり君は……人として腐りきって惨めな状況になるなら死んでもいいだろうと言いたいのか?」

「そうだ」


 それは即答で、ステバンは苦笑する。

 恐らく彼は、自分の理解できるようなタイプの人間ではないのだろう。彼のやる事はステバンにとっては許せない部分もある……が、共感できる部分もある。賞賛は出来ないが、非難する気も……ましてや軽蔑する気にもなれない。いや不思議な事に、全面的に彼を賞賛は出来ないと思っているのに賞賛したい気持ちがある、それが不思議だった。

 だから、少しだけ残念だと思うのだ。


「真実はどうあれ、何故自分から、砦に行かされたのは自分のせいだなんてわざわざ言ったんだ。別に言わなくていい事だったろ」


 まるで自ら嫌われるように……それが気になったから聞いてみれば、理解できないが凄いと思わせるだけの男は、そこでまた楽し気に笑った。


「ステバン、あんたは自分の状況を息苦しく思った事がないか?」

「え?」

「清廉潔白、守備隊の現英雄、正しく強い正にお手本のような立派な騎士様。そう見られる事を疎ましく思ったことはないか? その評価を守るためにやりたいように出来なかった事はないか?」


 ステバンは目を見開いた。それは……否定できなかった。自分でもそうあろうとしてきたし、他人からもそういう目で見られてきた。それがプレッシャーとなって、やろうと思ってやれなかったことがないと言えばウソになる。


「俺は目的のためならやれる事は何でもやる、他人から『そうであって欲しい姿』を期待されるのなんかごめんだ。評判や地位を守ろうと気にもしたくない。だから、他人からは恐れられるか疎ましく思われるくらいが丁度いい。どんな非情な事をしても『奴ならやりそうだ』と思われていた方がいざという時何でも出来るだろ」


――あぁ、そうか。


 今までそれを重圧だとか疎ましいとか考えた事がなかった。人からの期待は名誉なことだと、称賛されるのはただ誇らしいと思って来た。けれど確かに、それが自分を縛る事もある。立場や人々の期待を考えて一歩を踏み出せない時はあった。


 ステバンは笑った。何故だから声を出して笑いたくなった。

 体から力が抜ける、座り込みそうになった体をどうにか耐えて、顔を両手で覆って笑った。おそらく、目から涙が出ているだろう。


「だがあんたは俺とは違う。あんたは人を犠牲にすれば必ず自分を責めるだろ? そういう人間は俺のようには生きない方がいい。あんたはそのままあんたらしく生きるべきだ」


 ステバンは笑いながら顔を上げる。目じりの涙を拭って、彼に笑みを向ける。


「そうだな、確かに俺はこのまま俺らしく生きるしかないだろう。……そして、君も。けれど君は、そうやってずっと人に嫌われて生きる気なのか?」


ステバンとの会話は次回で終わり。

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