47・人生一番の安堵1
一体何が起こってるんだ?
この状況にバルドーが思うのはそれしかなかった。
セイネリアが傭兵を連れていなくなったグティック達を探しに行ったと思ったら、いなくなってた隊の連中の一人が帰って来て『この場から撤退して森まで逃げろ』ときた。
いつもサボってた奴が相当必死で走ってきたらしく、それはもう息を切らして真剣に言ってきた訳だからこちらも急いで従った訳だが……暫くしたらどこかで木が倒れる音がして、それから間もなくへんな虫が柵の中にわらわら湧いてうろつきだした。
更にこちらが困惑してたらドン、ドン、と派手な音が遠くから聞こえてきてまた木が倒れたらしい音もして……今は音はしなくなったものの、グティック達も探しに行ったセイネリア達も未だ帰ってこないという状態だ。
静かになって少しは待ったが、帰ってこない奴らを探しにいくべきかどうかバルドーは悩んでいた。
「俺がぱっと走って様子をみて来ようか?」
言ってきたのはガズカで、確かに隊では一番足が速いがまさかそんな事させられる訳がなかった。
「馬鹿言うな、一人で行かせられないだろ」
「勿論、俺が案内についていく」
そう言ってきたのは一人だけ戻って来て『逃げろ』と言って来た奴だ。
「2人でも同じだ。ってか行くならそれなりの人数を出す」
「なら、行く者を決めてくれ」
「まだ行かせると決めた訳じゃない」
「だが行くなら早い方がいいだろ、手遅れになってからじゃ意味がない」
「だから待てって……」
本来ここで指示を出すのはバルドーの役目ではないのだが、怖くて蹲っている隊長に指示してくれといって出来る訳もない。バルドーはちらと隊長とその傍にいる文官を見てため息を付いた。
――あの野郎なら余程の状況でもどうにかするとは思うが。
一応現在はセイネリアが隊長の代わりに指揮役となっているから、その彼からの伝言に従うならここで待っているべきである。かと言ってあの男だって失敗や想定外の事態はあり得る。探しに行くなら手遅れになる前という意見も間違っていない、それは分かるの、だが。
バルドーとしては頭が痛い。
あの男ならどうにかするだろうという信頼を優先すべきか、何かあった場合を考えて早急に援護へ向かうべきか、どうすべきか判断できない。
ただどちらかを選ばなくてはならないのは確かで……だがその時、傭兵部隊の方からわっと歓声にも近い声が上がった。
「どうした? 何かあったか?」
焦ってバルドーがそちらへ顔を向けると、シーナが少し前に出て立っていてその周りに人が集まっていた。
彼らは皆同じ方向を見ていたから、バルドーも釣られてそちらに視線を向ける。
そうすれば、暫くして。
柵の向うからではなく、森を迂回してきたのか南側の森から、騎士団の装備をした目立つ背の高い男の姿が見えた。その後に次々他の連中の姿も現れて……バルドーは安堵に大きく息を吐いた。安堵し過ぎて体から急に力が抜けて、眩暈でも感じたようによろけてしまった。
その場にへたり込むのだけはどうにか耐えたが、人生で一番安堵した瞬間だったと言っていい。
「……ったく、心配させやがって」
呟いた口元には笑みが浮かぶが、このセリフを気楽に言える状況に内心感謝する。
思わず笑い声まで出てきてしまって、だがその頃には気が抜けた体にもどうにか力が入るようになっていたから、バルドーは背を伸ばして立ち上がるとあの無茶な男を出迎えるために前に立った。
「やっと帰ってきたか、一体何があったんだ?」
顔が見えるくらいまで来たところでそう怒鳴れば、全身血とへんな液塗れの男は兜を取った。そのいつも通りのふてぶてしい……表情だけなら何事もなかったような男に溜息を付きながらも笑ってしまう。
「虫が来ただろ」
表情と同様に、声もいつも通り冷静すぎてバルドーは呆れる。
「あぁ、あれは何なんだったんだ?」
「あの虫の群れを追って、クソ硬い化け物が来る事になってたのさ」
それが来ないで、どうみても戦闘後という彼の様子を見れば答えは一つしかないだろう。
砦に帰るまでのやりとりであともう一話。




