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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十三章:騎士団の章二
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7・女の持つ毒

 気配が動いてランプ台に明かりがつく。とはいえ、光はかなり絞られているから部屋の中は薄暗い。

 ベッドから起き上がる女の気配を感じながらも、セイネリアは黙って寝たふりをしていた。女は起き上がってこちらをじっと見つめる。だが暫くすれば少し不機嫌そうなため息をついて、ベッドから下りると窓辺に行ってカーテンを開けた。


「早起きじゃないか」


 言って、今起きたようにセイネリアは起き上がった。

 割合豪奢な内装の部屋は、かといってどこぞの貴族の屋敷の中という訳ではなかった。高級宿の中にある特別室という奴で、主に貴族が人目を阻んで愛人と会うために使われる――そのための部屋であるから見た目だけはそれなりに見えるようになっているだけだ。


 女はこちらを見てほほ笑むと、椅子の背に掛けてあったガウンを裸体に羽織って窓を開けた。


「そうね、日が出たらすぐ帰らないとならないから」


 そのままガウンが掛けてあった椅子に座って、女は優雅に足を組んで外を眺める。当然女の足からはガウンの布が落ちて、太腿から足先まで白い曲線が露わになった。夜明け少し前の藍色の外からの明かりを浴びて、薄暗い部屋の中で女の肌が青白く光るように浮かび上がる。女はこちらの視線に気付くと嬉しそうに口角を上げて足を組みなおし、セイネリアの方を向く。肘置きに肘をつき、手に顎をのせてこちらを見て妖艶に微笑む様は計算しつくされていて、本当に娼婦だなとセイネリアは感心する。


「そんなに早朝に帰って来るのか旦那は」

「えぇ、そう。夜勤の時はね、私が何処かへ行っていないか気になって仕方がないのよ」


 それを楽しそうにクスクスと笑っていう女を見れば、旦那の方に同情したくもなるというものだ。ダナエ・アルウェイ・ハリアット、つまりハリアット夫人は妖艶な笑みに毒を含ませてクスクスと笑った。笑みで肩が震える度に晒された彼女の白い胸も揺れる。ただ、その胸の間にはリパ信徒の印ならある筈の聖石は見当たらなかった。


「ねぇ、私が前に、貴方が腰抜けじゃないところを見せてもらいたいと言っていたのを覚えているかしら?」

「あぁ、覚えてる」


 言えば女は更にその毒蜂のような笑みを深くする。唇の端だけを楽し気につりあげて、女はどこか恍惚とした瞳で言ってきた。


「ならもうすぐ、見せてもらえる機会が来るわよ」


 セイネリアはそれで理解した、おそらくそれは騎士団参謀部にいる彼女の旦那にこの情事がバレたのだろうと。

 そして多分、騎士団幹部の妻を寝とった愚かな男へ制裁を加えようと動いている事も、彼女は全て分かっていて言っている。なにせそれがこの女の遊びであり、全て計算の内なのだから。


「それは楽しみだ」


 セイネリアも顔に笑みを浮かべる。

 女は僅かに一瞬、眉を寄せたが、すぐにまた笑みを纏って立ち上がるとこちらに向かって歩いてくる。肩と腕以外はガウンで隠さず、まるで体を見せつけるようにして。


「自信家ね、なら無事生き残れたらご褒美を上げようかしら」


 女の手がのびてくる。勿体ぶるようにまず手首を肩に置き、それからゆっくり指を一本ずつ肩に落としてくる。そのまま抱き着いてくる女の体を受け止めながら、セイネリアの目はサイドテーブルに置かれた彼女が外して置いたと思われるリパの聖石の首飾りを見ていた。


「あんたはあまり敬虔なリパ信徒という訳ではないようだな」


 抱き着いて頬を擦り付けていた女の動きが止まる。


「生まれた時に親から強制でリパ信徒にされただけだもの」


 不機嫌そうな女の声に、セイネリアは喉が揺れるのを我慢して唇だけに笑みを作った。


 クリュースの貴族の殆どは主神であるリパの信徒である。生まれればすぐに親が洗礼を受けさせるから、この国にきて好きな神を選んで改宗した者達に比べれば確かに強制ではある。ただそれをいうなら貴族に限らず、宗教などというものは基本そういうものだ。子は親と同じ教えを受け継いでいく。

 だから普通、それに文句を言う事はない。

 子供の頃からその教えを受けて育つのだから、それに疑問を持つ事はない。特に貴族ならばリパより格下に当たる神を信奉するなどありえない、とリパ信徒の貴族は教えられるのだから。


 それに不満を漏らすと言う事は、この女はその神を信じてなどいない、つまり既に信徒でないとも言えるだろう。


次回はセイネリアがカリンのところへ。


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