3・手合わせ3
「ぐ……ぁ、ぁ、ぁあっ」
ステバンは全力で押し返そうとするが、剣の位置はまったく動かない。
セイネリアが笑って彼を見れば、ステバンの足がこちらの脛を蹴ってきた。一回目は黙って蹴られたセイネリアだったが、二回目に来たのには片足を引く。だがステバンの足は今度は脛を蹴るのではなくこちらの足の間に入って、上げなかった方の足を内から外へと引っ掛けるように蹴ってきた。
それにはセイネリアも少し体勢を崩し、腕の力が逸れる。その隙にステバンは剣を解いて逃げた。しかも大きく一歩引いた後、更にそれだけではなく。
「神よ、その慈悲深き光を我に――……」
呟きが聞こえてセイネリアは反射的に後ろに飛びのいて目を閉じた。瞼越しにも強い光が分かる。これでは目を開けてもすぐに使えない。
だからセイネリアは光が消えても目を閉じたまま、意識を耳に集中させてステバンの動きを探った。
剣が空気を斬る。その微かな音を頼りにセイネリアは剣を前に出す。
そうして、剣を受けた手ごたえを確認してから目を開いた。
「今のは巧いな」
言えば、ステバンは苦笑を顔に張り付かせて言い返す。
「まったく……まいったな」
今のは彼としてかなり『とっておき』の手だったのだろう。確かにこのタイミングで『光』の術を使って攻撃を仕掛けられたらかなり厄介だ。初見ならまず驚いて対処出来ない。
「耳には自信がある」
セイネリアが笑えばステバンも笑う、やれやれ、という呟きと共に。そこからすぐにステバンは剣を押してきて、こちらが押し返す力を利用して後ろへと飛びのいた。
リパ信徒なら使う術は『光』か『盾』だ。基本はそのどちらかで、両方使えるなら大したものである。ただセイネリアはそのどちらも呪文を聞いた事がある。だから術を使おうとした段階で対応はできる。
とはいえ『光』の術が戦闘中にくるかもしれないと常に注意をしなくてはならないと考えればこちらも慎重にならざる得ない。目を瞑って音に頼っても大抵はどうにかなるが、ステバンもそれが分かれば何かしてくるだろう。
――面白いじゃないか。
近接戦闘職の者が術を使えるようになっても、術を戦闘の中に組み込むところまで出来ない事が殆どだ。大抵は戦闘中に術を挟むなんて器用なマネは無理だから、戦闘前に強化や盾のような持続系の術を掛けるのがいいところだ。アッテラの神官レベルになってやっと戦闘中に術を使うのが前提の戦い方になるくらいで、余程術を使いなれていないと信徒レベルではステバンのような使い方は出来ない。
おそらく、相当に彼は魔法を使う戦い方を研究して訓練したのだろう。
「神よ、その慈悲深き光を……」
離れたと思ったステバンがそこでまた即呪文を呟く。呟くと同時にこちらに向かってくる。セイネリアはまた目を瞑る。再び音に頼る――が、彼はこちらの傍までくるとわざと地面を蹴り上げた。
砂利が宙に跳ねる。跳ねたそれらが地面に落ちていく音が、微かな剣の音を隠す。……これでは剣の軌道が読みにくい。
だがセイネリアはその場でしゃがみ、それと同時に足で自分の前面を半円を描くように蹴り払った。
足が何かに当たる。くっ、と小さな呟きが聞こえる。
セイネリアは低い姿勢のまま上を見ずに目を開いて、足がぶつかった方向に向かって肩からぶつかって行った。
「うわっ」
それはまともに入って、ステバンの体は今度こそ吹っ飛んで地面に倒れた。
セイネリアが立ち上がると、地面に倒れたままのステバンが大きく息をついて頭を掻いた。
「……まったく、これでも勝てないのか」
セイネリアは倒れたステバンに手を伸ばした。
「いや、こっちも一か八かの手だったからな。読みが外れたら負けてた可能性も高い」
「成程、君は賭け事も得意らしい」
笑いながらステバンは手を握って、セイネリアが引っ張るままに起き上がった。
「……残念ながら俺は賭け事が苦手なんだ」
「だろうな、そういう顔をしてる。賭け事なんかに手を出さない真面目人間だろ」
「友人達からもお前は真面目過ぎるといつも言われる」
笑いながらステバンは剣を腰に戻すと体をはたいて土を落す。
セイネリアも一旦剣を収めた。
「まぁ、多少は遊びを覚えたほうが思考の幅は広がるぞ」
「やはりそうなのか……」
いかにも真面目そうな男はそこで真面目に考え込んだ。
手合わせ自体はこれで勝負ついたのですが、このシーンはあともう一話あります。




