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黒の主  作者: 沙々音 凛
第十二章:騎士団の章一
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45・結果

 ステバンの前には背の高い男が立っていた。

 苦しい息、ぼやける視界の中、相手は余裕を保ったままゆっくりこちらに近づいてくる。


 ここまで勝てる気がしない相手は初めてだった。

 まず圧倒的に単純なパワーが違う。

 そうしてどこまでも冷静すぎるこの男には精神面でも戦う前から負けていた。

 それでも負ける気はなかった。勝つ事しか考えないようにした。出来る事は何でもした。

 けれど限界を迎えた体は全てが重い。足が動かない、腕が上がらない、剣を伸ばさなくては、攻撃をしなくては、動け、動け、動け。叫んでも腕は上がらない、相手の体が近づいて来る。頼む、動いてくれ――と叫んだところで意識が夢から現実へと浮上した。


「……っぁ」


 ステバンが目を覚ました時、その視界に映ったのは空ではなくどこかの部屋の天井で、彼は叫ぶ代わりに開いた口からそのまま大きく息を吐いた。

 すぐには状況が掴めなかったが、気を失うまでの状況を思い出せばすぐに理解する。どうやら自分は試合で気を失った上に、治療室に運ばれるまで気がつかなかったらしい。


――やはり、勝てなかったか。


 勝てるとは思えなかったが勝つつもりだった。とはいえこれ以上なく全力を出した上でまったく敵わなかったという事実があるから悔しいという気持ちはほとんどない。ただ問題は、その後の試合がどうなったかで――もし彼が宣言通りエフィロットを倒して優勝してしまっていたらと考えれば寝てもいられなくて、ステバンは起き上がった。


「あぁ、起きられましたか」


 すぐに声を掛けてきたのは競技会のために臨時で呼ばれた高位のリパ神官だった。ステバンは胸に手を当ててその場で軽く頭を下げる。それから試合の事を聞こうとして口を開きかけたのだが。


「良かったです、本当に」

「お、ステバン起きたか」

「良かった、心配していましたよ」


 畳みかけてきた声の主は、試合で付き添いをしてくれていた者と、あとはソーライとクォーデンだ。どうやら神官の傍に座っていたらしい彼らは声を上げると一斉にこちらにやってきた。

 ステバンとしてはその顔ぶれに驚きはしたものの、試合の事を聞くなら丁度良いとも思う。


「俺は負けてあの男が勝ったのだろ? なら次の試合は? 決勝はどうなった?」


 いくらあの男の相手がエフィロットだとしてもソーライとクォーデンなら決勝を見ないでここにいる筈がない。つまり自分は思ったよりも長く気を失っていて試合は既に終わっているのだとステバンは思った。だが……聞かれた彼らはまず顔を見合わせてから苦笑して、それからソーライがいつも通り豪快に笑った。


「あー試合か、貴殿の次の試合はなかった。決勝戦はセイネリア・クロッセスが不戦勝で優勝だ」

「……どういう事だ?」

「エフィロットは試合前に事故に巻き込まれて怪我をしたそうだ。だから以後の試合は全部辞退という事らしい」


 にっと笑ってそう告げて来たソーライの言葉に、ステバンはなんだか呆けたように気が抜けすぎてすぐ反応できなかった。


「ガルシェ家出入りの神官に診てもらったそうですから本当に怪我をしたかどうかはわかりませんが……会場からそこまで不満の声はあがりませんでしたよ」


 クォーデンが言いながら楽しそうにクスクス笑って、それでステバンもそれを現実として受け止めた。


「そうか……」


 思わずステバンは安堵の息を漏らす。

 何があったのかは分からないが、ともかく最悪の結果にはならなかった。実力的にはセイネリアが優勝するのが当然であるから、ステバンとしては一番納得出来る結果ではある。だが……どうにも腑に落ちない部分、何か引っかかるものがあるのも確かだった。


「で、剣の部門はあの男の優勝で終わった訳だが、かといって馬上槍試合を始めるにもな……なにせ準決勝はどちらも相手が辞退していて不戦勝にするしかない」

「あぁ……そうか」


 ステバンは気の抜けた返事を返した。確かにエフィロットが辞退して、自分もこの体たらくだから自動的に辞退扱いになったと考えればどちらも不戦勝が決まってしまう。本来なら馬上槍の準決勝でもステバンはセイネリアと当たる筈だった。

 ステバンとしては彼との馬上槍試合が出来なかったその事自体は残念だとは思うものの、現時点で勝てないのは確定していたから彼が決勝に進むのに文句がある訳がない。エフィロットが辞退しているのであれば彼の勝利を憂う必要もないから――なんというか、あれだけ悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい程寝ている間に全て解決している事に、ステバンは正直気持ちがついていけていなかった、のだが。


「で、だから今、急いで馬上槍決勝の準備をしている最中だ。入場前の音が聞こえてないからまだ間に合うぞ。見たいというなら我らで貴殿を運んでやろうかと思うのだが……あの男とバージステ砦代表との決勝だ、見たいのだろ?」


 そこでステバンは即答した。


「あぁ、お願いする、ぜひ見たい」


 だが勢いよく返事をしてから横にいた神官に咳払いをされて、次にステバンは治療をしてくれた神官に会場へ行く許可をもらえるように頼み込まねばならなかった。


しかしステバン……主人公のようだ、と我ながら思ったり。

次回は最後の試合で対戦する二人の試合前の会話シーン。


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