32・手紙
「本気で勝ちやがったよ……」
勝利者のコールが終わって会場を一周してから退場口へ行けば、傍についたバルドーがまずそう言ってきた。
「なんだ、勝てないと思っていたのか?」
「……いや、勝てるだろうと思ってたぜ」
それにセイネリアは思わず笑う。
「儲けたか?」
そう聞き返せば、バルドーが顔を引き攣らせた。
「なんの話だ?」
「騎士団的には禁止でも、どこかで賭けてたんだろ?」
バルドーは溜息をついて顔を手で覆った。セイネリアは喉を鳴らす。
「安心しろ、だからこっちにも寄こせとは言わないさ」
「そうかよ……ま、とりあえず礼は言っておく」
セイネリアはまた笑った。この男は割合義理堅そうだから、これも貸しにはなるかもしれない。
そうして途中で馬をつれていく彼とは別れ、セイネリアは着替えの為に控室へと向かった。貴族様や守備隊の連中は補助役を二人以上引き連れているから馬役と着替えの手伝いが別にいるが、セイネリアの場合はバルドーだけだから終わった後の着替えは一人でしなくてはならない……そもそも一人で着れるから問題はないが。
ただセイネリアが自分の控室に入れば、そこにはいかにも貴族の使いらしき人物が待っていた。
「セイネリア・クロッセス様でございますね」
「あぁ」
「これを」
そうして渡されたのは貴族らしく蝋で封をされた封筒で、差出人の名を見てセイネリアは笑った。
エフィロット・クォール・ソン・ガルシェはずっと不満だった。
今回の競技会において今のところ彼は全ての競技に出て全勝だった。自分の実力がこうして証明され、どうみても自分以上に称賛の対象はいないだろうと思うのに、剣の試合においては自分の試合会場は今一つ客入りがよくなかった。それが分かったのは槍試合の時で、それまでは客入りはこんなところかと思っていただけだったのだが実際はこんなにいたのかと驚いた。
だからつまり、客の多くはもう一つの会場側にいたという事なのだろう。
『向うの会場は去年の優勝者や準優勝者等、既に名を知られている者が出ていたので仕方ありません』
『明日の決勝でエフィロット様が勝てば、皆見る目がなかったと後悔する事でしょう』
自分が不満そうにしていたせいか供の者達が口々にそう言ってきて、それはそうかとエフィロットは自分を落ち着かせた。自分はまだ首都の騎士団ではそこまで名があるという訳ではないから、確かに去年の優勝者の名があればそちらに人が行ってしまうのは仕方ない。優勝すれば良いだけの話だと彼は自分に言い聞かせた。
けれど、彼がそうして機嫌を直したのは何も取り巻き達のその言葉に納得したからだけではなかった。
観客の少なさに微妙に不満を感じていても、客席の中に彼の機嫌を大いに向上させる理由があったからである。
それは貴族達の座る貴賓席で、黒髪で大層美しく可憐な令嬢がどうみてもエフィロットを応援してくれていたからだった。自分の試合には必ずいて、自分が勝てば嬉しそうに拍手をしてくれる。試しに彼女に向けて笑顔を向ければ向うも笑顔を返してくれた。これは確実に自分の雄姿に見とれてくれているに違いないとエフィロットは確信していた。
だから供の者にこっそりとその令嬢が誰かを探らせて、そうして二日目の試合が終わるのに合わせて彼は彼女に使者を送った。
競技会の二日目の夜は招待された貴族達をもてなす夜会が行われる。これに呼ばれるのは招待客と騎士団内での貴族騎士のみ。平民出の騎士は招待客に同伴する場合のみ出席が許される。勿論エフィロットは参加資格があるから、彼女をこの会でエスコートさせて欲しいと伝えたのだ。
そうしてつい先ほど、その使者が彼女の返事を持って帰ってきた。
答えは勿論イエスで、彼女はとても喜んでいたという。
彼女の名は、エーレン・スハ・ラッセル・ローグル嬢。グローディ領主の親戚筋の娘らしかった。
エーレン嬢が誰かは分かりますよね?
次回はその夜会の話




