18・出場者達4
「それにしても……忙しいバージステ砦からも来ているとは思わなかった」
セイネリアが言えば、ウェイズも苦笑をして肩を竦めた。
確かに競技会のために各地の騎士団支部や砦から参加者が来てはいるが、襲撃がありえるような前線の砦からは来ていない筈だった。ウェイズも『忙しい』とつけた意味が分かったらしく小声て気まずそうに言ってくる。
「えぇ、本音を言えばこんなところに人を送ってはいられないのですが……なにせ槍騎兵部隊といえば我が砦ですから……その、形式上誰も出さない訳にはいかなくて」
そもそも馬上槍試合があるのも名高いクリュースの槍騎兵部隊を讃える意味があるためで、そうなるとバージステ砦も人をださない訳にはいかない……という理由らしい。ただ勿論、第一線の連中を出す訳にはいかないから一番格下の第三部隊から一人寄こすのが慣例となっているそうだ。
「私なら、負けたとしてもバージステ砦の槍騎兵隊の名に傷がつきませんし……ね」
周囲を見ながら一際小さな声でそう言ってきたところからして、『負けなくてはならない場合』もあるのだろうと察する事が出来る。その事情もあるからあえてバージステ砦ではわざわざ下っ端を出す事になっているのだろう。
「ただ貴方の試合を見れるとなれば、今回私が参加出来た事は幸運だったと言うしかありません。出来ますならぜひ貴方と対戦したいものです」
「そうだな、あんたとの試合は楽しそうだ」
それで彼とは別れを告げた。
有名なバージステ砦からの参加でも下っ端という事になっているだけあって彼は一回戦から出るらしく、しかも出番が早いと言う事で時間がないらしい。一方セイネリアの試合は後の方だからそこまで急ぐ必要はなく、ただ彼の試合は見ておくかと急ぐ事にしたのだが……自分の鎧が置いている場所に向かったセイネリアは、その鎧の前に自分より先にきた人間が立っていたのを見つけた。
「なんであんたがいる?」
言われてその人物はじっと鎧を見ていた目をこちらに向けた。
「あぁ、やっと来たのか。剣と違って馬上槍は補助がつかないとならないんだよ。誰も来たがらないから俺が来てやったんだぞ」
隊の纏め役であるバルドーは、言うとまた目を鎧に向けた。
「しかしなんだよお前、こんな鎧持ってるんならわざわざ団に入る必要もなかったんじゃないか」
「まぁな」
セイネリアはバルドーを無視して鎧に手を伸ばした。
馬上槍の試合をするなら必須の全身甲冑――これは従者時代、ナスロウ卿が着方を教えるためと馬上槍の訓練用として用意してくれたものだった。彼が昔使っていたモノをセイネリアに合わせて打ちなおさせただけだと言っていたが、それを騎士になる時にくれるつもりだったのだろうというのは分かっていた。分かっていてわざと持って行かず館に残しておいたのだが……ザラッツが屋敷を整理した時に見つけたようで、『貴方に合わせたと思われる鎧があったので首都の事務局に届けておきました』とこの間彼が騎士団に来た時に言われたのだ。
――まったく、いい加減あんたとは手が切れたかと思ったんだがな。
そこで丁度よく競技会なんて話が出てこなければ使わずに返せたのにと思いながらも、まだ俺にやらせたい事があるのかと故人に文句を言いそうになる。
「……つまりお前は、いざとなったら好きな時にここを辞める事が可能って訳か」
それには顔を向けてやると、バルドーは装備を手に取って、手伝うぞ、と笑ってみせた。セイネリアは黙って装備を付けだす。バルドーが足の装備を付けてくれるらしいのでセイネリアは腕から付ける事にした。
「お前の腕なら、バージステ砦へ行けば出世の見込みもあるだろ。騎士団に入るにしてもなんでこんなところにわざわざいるんだ」
どうやらバルドーはただ試験の許可証を入手しただけではなくまともな騎士に従者として仕えていたらしく、装備を付ける手は手馴れていた。セイネリアは手を止めずに答えた。
「別に騎士団で出世したい訳じゃない。ここに来たのは単に見てみたかっただけだ」
「何をだ?」
手足の装備が終わってから銅鎧を付けていく。別に一人でも着れるが、補助がいた方が楽なのは確かだ。
「ナスロウのジジイが絶望したというここの腐りぶりを」
脇のベルトを止めてから、バルドーが背中を叩いてくる。
「はん……それならもういいんじゃないか」
最後に兜を手に取って、セイネリアは彼に向き直った。
「いや、まだだな」
「何がまだなんだ?」
「まだ一番腐った連中を見れていない」
バルドーは顔を顰める。
「見たら無事ですまないかもしれないぞ」
セイネリアは笑った。
「さぁ、無事ですまないのはどちらになるかな」
出場者達、はここまで。次回は1話使って馬上槍試合。まだ敵は名無しの雑魚ですが。




