14・競技会2
「なら少しは楽しめそうだな」
こんなところでもマシな腕の人間がいれば面白いが……とは思っても、セイネリアにとっては勿論噂も名前も知らない人間だ。期待したいところだが、騎士団外で名声の一つも聞いた事がない人間であるなら実力もたかが知れるとは思うところではある。
「あら、勝てるつもり?」
女の声は明るい。明らかに茶化している。
「勝てないと思うのか?」
だからこちらも楽しそうに笑って振り向けば、女も笑いながら上体を起き上がらせる。それからけだるげにこちらの背に頭を寄り掛からせて、背を撫ぜてくる。
「そうねぇ……あんたの方が強そうかしら」
こちらの背の筋肉を指でなぞりながらクスクスと笑う女は、恐らくステバンと寝れば今度はそちらの方に同じことを言うのだろう。女というのは男以上に計算高い、あとでどうとでも方向転換できるようにこうして思わせぶりな台詞でどっちつかずの態度を取る。ただセイネリアとしてはそういう女の方がいい、そういう頭のいい女はこちらについた方が有利であると思わせてやれば信用出来る。
だからこの女の誘いに乗った。
「今年の優勝もそいつが有力視されてるのか?」
セイネリアは立ち上がると椅子に掛けてあった女の服を取ってそのままベッドに投げた。女の方も現状では試しにちょっかいを出してみた程度だろうから、他人に知られたくないのもあって大人しく服を手にとった。
「優勝候補ではあるわね、ただ今回は優勝は無理じゃないかしら?」
「何故だ?」
セイネリアが振り向けば、女は人の悪そうな笑みで答える。
「ついこの間、ガルシェ卿の息子がジアス砦から帰ってきたのよ。ガルシェ卿の名を聞いた事があるなら分かると思うけど……まぁそういう事。だからあんたも優勝は諦めたほうがいいわよ」
つまり今回はそのガルシェ卿の息子に花を持たせるための競技会という事か。そういう話が出るのは想定内だから別段驚く事でもないが、もう少し情報を得たいところではある。
「ガルシェ卿の息子というのは出来るのか?」
聞けば彼女は口元を苦笑に歪め、視線を軽くさまよわせる。
「んー……貴族のおぼっちゃんにしてはわりといい腕だけど、本人は実力以上の自信を持ってるのが、ね……」
「成程」
彼女の言い方だけで大体分かった。
珍しくマトモに鍛えて騎士になった貴族のボンボンだから、周りが持ち上げまくって自信過剰になっているというところだろう。ガルシェ卿は確かに宮廷貴族としてそこそこ名前を聞いた事があるからそれなりの地位であるのだろうし、息子を持ち上げてガルシェ卿本人のご機嫌取りをしようと思っている輩がいるのは不思議じゃない。
騎士団に入る貴族なんていうのは家督を継げない貴族の次男以降……というのが普通な通り、騎士団上層部のお偉方でも貴族としての地位は高くない。だから当然、それなりの地位ある貴族からは見下される立場であって、その高位の貴族に媚びへつらうような連中がいてもおかしくはない。流石に全員がそうだとは思っていないが、そういう連中がいるのはほぼ間違いないだろう。
彼女が『優勝を諦めろ』と言ったのはまさにそういう連中がいるという事である。
「他に優勝候補はいるのか?」
それにはすぐ返事が返っては来なかった。女は服を着ながらも考えて、そうして途中で思い出したように言ってくる。
「んーそうねぇ……他はぁ……ソーライ・ウェゼブル、クォーデン・ラグラファン・エデ……ってところかしら、二人とも守備隊ね。あぁ、あと面白いところではファンレーン・リフ・バレッテン・ネクステかな」
「最後の名は何故面白いんだ?」
「ふふ、ファンレーンは女性なのよ。彼女の戦闘スタイルは独特でね、彼女が強いかっていうと難しいところだけど彼女を負かすのは大変よ~」
女騎士は騎士団では男に比べればかなり少ないが、それでも珍しいという程ではない。強さは別として戦闘スタイルが面白いのなら興味は湧く。
「分かった、その名は覚えておく」
だから笑って感謝を伝えれば、女は『またね』と言った後に頬にキスをして去って行った。
次回は飛んで競技会前日の話。今名前のあがった人物達と初顔合わせ。




