140・今後の事2
「そういう事なら朝の鍛錬の時がいいと言ったのは私です」
「だろうな」
そりゃそーだろうなとエルは内心相槌を打つ。そして子供に詳しいが故に、セイネリアにこの少年が何を聞きたいかもなんとなくだが予想出来た。
カリンにちらと視線を向けた少年は、そこで頷かれてまた視線をセイネリアに向ける。
「……で、あのさ。強く、男らしくなるにはどうすればいいと思う?」
うん予想通りだ、と思ってから、さてセイネリアはこれにどうこたえるんだとちらとこの見ただけで子供が泣きそうな強面男を見る。
「何故俺に聞く?」
「だって、ザラッツもカリンもレンファンも、知ってる中で一番強いのは貴方だっていうし、貴方なら女に間違われる事もなかったろうし」
そらそーだろーなー……と、声を大にして言いたい気持ちをエルは抑えた……が。
「俺はガキの頃、ずっと女の恰好をさせられてた事がある」
「うえぇっえっぇっ」
言ってから少年とカリンの視線を感じてエルは口を手で押さえた。
「しかもセイネリアという名は普通女につけるものだ」
マジかよーーという声は今回は流石に飲み込んだ。クリュースはいろいろな民族の人間がいて、名前は基本その出身民族の言葉だから意味不明の名前を聞いてもスルーするのが普通である。だから知らなかったが……いや知っていても、こいつにそれを言う度胸のある奴はいねーだろうなとは思う。
「本当に?」
「あぁ本当だ。だからガキの時どう見えたなんてどうでもいい話だろ?」
「う……うん」
この強面男が言う話ならそら説得力があるわなとエルは思い切り頷いていた。
「何故、男らしく強くなりたい?」
「え? あー……その、次にスザーナに行く時は誰が見ても男だって見えるようになって……あのブローチつけても男に見えるくらいにさ、それで堂々とアンライヤに会いたいな……とか。それに、今回砦にいて皆が戦ってる姿見てたらさ、命令する僕がもっとちゃんと強くなって、自信を持って皆の前に立てなきゃならないんだって……皆に守られて命令だけしてるなんて嫌だからっ。あとは、僕がしっかりすれば姉さまだって安心して好きな人といられるからね」
今回の件で、今まで守られるばかりだった少年も男の自覚や意地が芽生えたというかこのままではいけないと思うところがあったのだろう。成長する子供を見るのは楽しいから、その微笑ましさにエルの口元も思わずほころぶ。
そうすれば、悪人面の黒い男も、僅かに口もとを緩ませてから少年の肩を軽く2、3度叩いた。
「俺に聞く必要もない、その気持ちを忘れなければ強くなれる」
「え? ……でも……それだけじゃ」
「それだけが普通は難しいんだ。人間誰だって痛い思いや辛い思いをしたくない。疲れていたら何をするのも面倒になる。だが強くなりたい理由を忘れなければ、辛くても痛くても面倒でも、自分がどうすればいいのかを正しく判断できる筈だ」
確かに一般人には耳の痛い言葉だな……と苦笑いをしつつもエルはこの男に改めて感心もする。面倒だ、なんて言葉をよく使うくせに、確かにこの男はそれで物事を投げ出したことはない。いつでも彼自身が考えて正しいと判断した行動を迷いなくとる。
それと……貴族や無能連中を馬鹿にしたりはするくせに、真剣に聞いてくる子供の話は馬鹿にしない。態度は偉そうで驕っているように見えるくせに、判断や行動に驕りはないのがこの男だ。
「うん……そうだね、分かったよ」
少年が強い目でセイネリアを見上げて笑う。こいつをそれだけ真っすぐ見れるだけで大物になれるぜ、なんて心で呟きながらエルも口元のニヤニヤが止められない。
ただそれで一旦言葉を区切ってから、少年はちょっと目を泳がせて、それから一歩セイネリアに近づくと小声で尋ねる。
「ところで……やっぱり、カリンをそのままここに置いて行って貰う事って出来ない、よね?」
黒い男はそれに怒るでもなく、ちょっと意地の悪そうな笑みで返した。
「それはだめだ、カリンは俺のものだからな」
「ちぇーそっかぁーやっぱり無理かぁ」
がっかりした様子を見せてはいるものの、そこはちょっと芝居がかっていてエルは思う――いやこのガキは本気で大物になるわ、と。
「甘えるな、守って貰うじゃなく守ってやると言える男になれ」
「うん、分かってる、分かってるけど。……でもまだそうすぐに強くはなれないからさ。それまでもうちょっとだけでもカリンにいてもらえたら、母さまも姉さまも安心できるかなって思っただけなんだ」
セイネリアの方もわざと見下したような態度をしながらもその顔は笑っていて、うつむく少年の額を指で軽く押し、自然と顔が上がった少年に向けて言った。
「なら、自分で信用出来る強い奴を見つけて部下にすればいい。……そうだな、最後に一ついいことを教えてやろうか」
「いいこと??」
「そうだ、お前は自分がやった行動がいいことだったか、悪い事だったかくらいの区別は出来るな」
「うん。……今のは僕が悪かったなぁって思う事はある」
「なら、お前が今のは悪かった、もしくは悪かったかもしれないと思った時にお前は悪くないと持ち上げてくれるような奴は信用するな。逆にその時お前に注意をしてくれる奴は信用していい」
言われてスオートは少し考える。
「うん……分かるような気はするけど、どうして?」
そこで不満を言ったり否定をしないあたりはやはりこの少年は子供の割に人間が出来ている、と思うところだ。
「どんな時でもお前を持ち上げてくれる奴は自分の事だけが大事でお前の事などどうでもいいのさ。だから自分の地位を守るためにお前の機嫌をそこねない事だけを考える。だが注意をしてくる奴はお前を怒らせて自分が罰を受けるかもしれないのにそれを覚悟して注意をしてくるんだ。それは自分の事よりお前やこの地の事を考えているということだろ?」
「うん……そうだね」
実はその言葉にはエルもちょっと感動してしまった。おべっか使う奴が信用出来ないのはエルとしては当たり前だが、領主になるだろうこの少年にとってはそういう理由付けが出来る訳だ。
このシーンは次回で終わり。エルが驚く事になります。
しかしとうとう140……150なる前に終わるのは確定ですが、長くなってしまったものです。




