133・決着
捨てた筈の故郷の村が見えてきたところで、前を行くヨヨ・ミが一度足を止めて振り向いてきた。
ジェレ・サグはそれで下を向いていた顔を上げた。
そうすればヨヨ・ミはジェレ・サグの口にあった猿轡を外そうとする。驚いて周りのセセローダ族の者達が止めようとするが、現在部族一の戦士であるヨヨ・ミが一喝すれば彼らは引き下がる。彼はジェレ・サグの猿轡を外すと、顔を見て聞いてきた。
「村に入ったらお前は完全拘束される。発言は許されない。だから、最後に聞きたい」
「なんだ?」
「ナク・クロッセスは英雄となった。お前はなれなかった。それでもお前は、村を出てよかったと思うか?」
ジェレ・サグはそれに笑ってみせた。
「あぁ、勿論だ。ここにいたままであれば俺の心は乾いたままだった。たとえどれだけ非難され、裏切り者として死んだ後も罪人としてさげすまれても、今の俺の心は誇りで満たされている」
そうすれば、ヨヨ・ミはその場で膝を折り、自分より上位の戦士に向ける礼を取ってみせた。
「そうか……なら、俺は同族の人間としてのお前を非難するが、戦士としてのお前には敬意を払おう」
言ってから立ち上がって猿轡をつけようとしてきたから、その前にジェレ・サグは彼に聞いた。
「ヨヨ・ミ、よければ俺も聞きたい。お前は今回、あの黒い男を見てどう思った?」
ヨヨ・ミの顔が顰められる。けれど彼はそこで自嘲を込めて返してきた。
「俺はまだ弱い、部族一の戦士などと言われてもちっぽけな存在だと自覚した」
ジャレ・サグはそれに笑った。
「そうか、ならきっとお前はもっと強くなれる、強き者に栄誉を」
「お前の誇りに栄誉を」
それが、ジェレ・サグがヨヨ・ミとかわした最後の言葉だった。
キオ砦からグローディへ帰った日から十日後、ディエナは首都セニエティの王城にいた。
今回の戦いにおけるザウラとの正式な同意書はまだ発表されてはいないが、キオ砦に帰って来る前にザウラ卿とは既に話し合って今回の決着をどうつけるかについては基本同意は取れていた。
余程の事でなければ全てこちらの言う通りにするという姿勢でザウラ卿がいたから、細かい取り決めは揉める事なく割合あっさりと決まった。勿論、ザウラ卿の謝罪発表を全面的に認め、賠償金等のペナルティは出来るだけ抑えるという前提での話であったからでもある。
「では、グローディ卿代理ディエナ嬢、今のザウラ卿の言葉、特に問題はありませんね?」
「はい、問題ありません。グローディはザウラの謝罪を受け入れます」
ディエナは王の前に立っていた。少し離れて横にはスローデンがいる。ディエナに話しかけたのは王の前に立っている役人の貴族で、両脇にはその他の役人や宮廷貴族達がずらりと並ぶ。それでも怖いとは思わない。黒い男は言っていた――外野などただの明かりに集ってくる虫だとでも思え、美味そうなゴシップや利益のおこぼれに集まる虫がぶんぶん言っている程度のものだと――その考え方は確かに楽しくて、やはりあの男には感心してしまう。
「よろしい、では今回の件、不幸な事故によって起こった意見の相違による領地間の諍いがあったとして記録します」
これはつまり、領地間戦争としては記録しないという意味でもある。一応の戦闘はあったとしても少なくともその戦闘自体では双方ともに被害者が出ていない事もあって、今回の件はちょっとしたもめ事があった程度という判断だ。国側としては内戦があったとは出来るだけ記録したくないというのがあるからこの結果は予想出来ていた。
「次に、蛮族の侵攻についてですが……蛮族が引き上げるまでの流れを説明して頂けますでしょうか?」
さぁ、ここからが自分のがんばりどころだとディエナは気合を入れる。周りの虫達は気にしない、自信をもって堂々と、ディエナの大切な人である今回の英雄の名を告げればいい。
「はい、まず我がグローディがザウラに宣戦布告をした時、私はザウラ領にいました。その私を救おうと、騎士ザラッツ・ウィス・グランズは和平交渉のためとしてザウラの領都クバンへとやってきました――」
ディエナは顔を上げて王に向けて話す。わざわざあだ名をつけて心の中で呼ぶ必要もない。ディエナは今、自分と好きな人のためにここにいる。ずっと望んでいた未来を掴むためなら、王であっても今の彼女には怖くなかった。
ジェレは本当にこれで最後の場面。ディエナはこれがセイネリアの言っていた「大きな仕事」の事ですね。
次回はこのままディエナの交渉場面を……やるとまた長くなるので、留守番のセイネリア達の場面に切り替わって今回の状況をどうまとめたかという話になります。




