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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二章:首都と出会いの章
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28・老騎士の戦い3

「悪いな……後の事は全部執事のグローグに聞け。あと、もし、出来るなら……」


 そう言い掛けて口を閉じた師であった男に、セイネリアは大きくため息を付いて言ってやる。


「アカネの事か、頼むと言われても無事元の主のところに戻ったか確認するくらいが関の山だぞ」

「あぁ……それでいい。それだけでも……なぁ、知って、いたか? 本当は、お前がこの家を継いで……彼女を娶ってくれればと、俺が……思って、いた、事を」


 老人の息継ぎの音は、声と共にだんだん小さくなっていく。

 それでも穏やかな笑みを浮かべたままのその顔をじっと見つめて、セイネリアはもう聞こえないだろうと思いながらも呟いた。


「あぁ、知っていたさ」


 ナスロウ卿の口元だけがピクリと動く。最後に一言、こちらに文句の一つでもいいたかったのかもしれないが、そのまま老騎士の体からはすべての音が消えた。朝の静寂の中、騎士団の英雄とも呼ばれた男は、おそらくは失意のまま、だが安らかな笑みを浮かべてその生を終わらせた。





 セイネリアが屋敷に帰れば執事が入口で立って待っていた。彼はセイネリアの姿を見ると頭を下げて、ナスロウ卿の部屋と中にある机の鍵を渡してくれた。その目に涙が浮かんでいたのをセイネリアは無視し、彼にナスロウ家の資産とここの維持費について資料を出しておいてくれと告げ、ナスロウ卿の部屋へと向かった。


 机にある鍵のついた引き出しを開けば、そこには各種の書類と一緒にナスロウ卿からの手紙が入っていた。死に際にあれこれ言っていた割に手紙の内容はあくまで事務的なものばかりで、入っている書類の内容について説明が綴られているだけだった。

 ただ、一つだけ。さんざん事務的な内容が続いた後で、最後にこう、書かれていた。


『騎士試験の許可証はお前の名前部分を空欄にしてあるから売る事も出来る、だが、出来れば騎士の称号くらいはちゃんととっておけ、おいぼれからの人生のアドバイスだ』


 それを見て思わず笑ってしまったセイネリアは、だが笑った後にその手紙を引き出しの中に入れると閉じてまた鍵を掛けた。それから部屋の中をぐるりと見渡して、その生活感が無い程に片付けられた様を見て苦笑する。本当に、最初から死ぬ気だったのだろうなと思えば呆れるしかない。


 ナスロウ卿がアカネの正体を知っていたのなら、あの老騎士は彼女を生かすためには自分が死ぬしかないと思っていたのだろう。ただ出来れば彼女自身に殺させたくはなかった、そして戦士としてナスロウ卿は戦って死にたかった。だから彼は自分を殺してくれる、殺されてもいいと思えるような人間を探していたという訳だ。出来ればその人物がかつての自分のように騎士となってこの家を継いでくれればいいと……だからセイネリアを従者に取った時から、ナスロウ卿は今日という日の為に全ての準備を終わらせていたと思われた。


「まったく、馬鹿な話だ。少なくとも表面上は二人で幸せとやらになる手はあっただろうに」


 セイネリアならいくらでも思いつく、気持ちに嘘を付けば、相手を利用すれば、多少はボーセリング卿に手を貸せば――そうすれば互いに欲しい相手が手に入ったではないかと。それこそ本当に、跡取の子さえ出来たかもしれない。なのに何故『相手さえ助かれば』などという思考停止した方向にしか考えられなかったのか。

 考えれば考える程胸糞が悪かった。そもそも全てがあのタヌキ親父の思う通りになったというのがなにより一番セイネリアにとってはムカついた。わざと負けられて殺したその事自体よりも気に入らないくらいに。


「で……あの女は、死んだジジイを見てどうするんだろうな。頼まれていたからな、どうなるかだけは見届けないとならないか」


 だがその後、主の葬儀の準備に追われる屋敷の中で、セイネリアはついにアカネを見つける事が出来なかった。



アカネの話は次回。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに泣いた…… かつては隆盛を誇ったが今ではただ静かに朽ちていくのみという諸行無常感と、主人公のから絡みとが本当に好き
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