127・とある英雄の話2
「無視されても何度も頼み込んで、やっと腕を見てやると勝負してもらった男だったがその貴族騎士にあっさり負けた。だが貴族騎士は男を従者にした。それから7年、男は従者として仕え、やっと騎士になった時に主である貴族騎士に自分の養子になれと言われた」
そこで一度セイネリアが黙れば、耐えられずにジェレが聞いてくる。
「それで……男は養子になったのか?」
「あぁ、なったぞ。養父の期待に応えられるよう立派な騎士になろうと誰よりも努力をして、騎士団で英雄と呼ばれる程の名声を得た――それが、俺の師であった男の話だ」
そこで笑ってやれば、ジェレはうつむいて片手で顔を押さえた。それから、嗚咽まではいかないものの小さく呻いて、そうして呟く。
「俺も……部族で一番強いと言われても満足できずクリュースへ来た。……成程、同じような志で出てきてそういう道を辿った者もいたか」
セイネリアがわざわざこの男にそんな話をしたのは、おそらくこの男もあのナスロウのジジイと同じだったのだろうと思ったからだ。井の中の蛙でいる事に満足できず上を目指した――ただこの男の場合は、クリュースにおいて命を掛けたモノがジジイとは違っただけの話だ。
「あんたは、今の自分に後悔をしているか?」
聞いてみれば、ジェレ・サグは顔を上げた。
その顔はやたらと晴れやかに笑っていた。
「いや、あの方に仕えた事に後悔はない。後悔があるとすれば、貴様と会った後にあの方を止めなかったことくらいだ。あの時貴様は危険だとそう思ったのにな。本当に貴様さえいなければ結果が違っただろうに……それだけは未練がある」
ククっと楽しそうに喉を鳴らすと、ジェレ・サグは酒を催促するように杯をこちらに向けた。セイネリアは傍の酒袋を渡してやる。
「飲みたければ好きなだけ飲め」
「あぁ、最後の酒だ、せいぜい味わうさ」
こちらの話が終われば、ヨヨ・ミがジェレ・サグに話しかけた。今の話は黒の部族の男が通訳してやっていたようだからだいたいの内容は彼も分かっているだろう。話している彼らの声から先程までのギスギスした雰囲気がなくなっていたから、もしかしたら今だけは罪人と監視者ではない同族同士の会話が出来ているのかもしれない。
ちなみにアザ・ナもヨヨ・ミに傍にいるように言われたが、彼は帰ったらジェレ・サグ程重くはないが罰を受ける立場なので、最後の酒くらい楽しみたいと大勢の輪の方に行っていた。
――どちらにしろ、これ以上俺はこいつに関して出来る事はない。
セイネリアも杯に残っていた酒を呷って新しい酒袋をとろうとすれば、そこで黒の部族の男がすかさず杯へ酒を注いできた。
そうして、大人しく注がれた酒を飲むセイネリアをじっと見つめて聞いてきた。
「さっきの話、本当、なのか?」
セイネリアは軽く笑って肯定してやる。この話は勿論ジェレ・サグに聞かせるだけではなく、この男に聞かせるつもりもあった。
「ナク・クロッセスは最高の戦士だった。我らの伝説なるくらい。けれど、もっと強くなりたいと旅立った。黒の部族、それから最高の戦士をナク・クロッセスと呼ぶようになった」
ナスロウ卿は言っていた。ナクは一番目、クロッセスは黒に属する、という意味だと。その言葉の意味からして部族内の称号になったとしても不思議はないが、おそらくはナスロウ卿自身の名から付けられたのではないかと思っていた、それを確かめたかった。それと――。
「お前がナク・クロッセスの弟子なら、我ら従った事、誇りに思う。ナク・クロッセス、クリュースでも英雄になったと、皆に伝える」
「あぁ、そうしてくれ」
ナスロウ卿が英雄と呼ばれたあとどのように生きたかは彼らに教える必要はない。英雄と呼ばれながらも結局失望の中で彼が死んだことなど残す必要はない。ただ、失意の中死んだ男が、捨てた筈の故郷で英雄として語り継がれる物語くらいはハッピーエンドで締められてもいいだろうとセイネリアは思っただけだ。
「セイネリア、お前が我らの姿していた時、俺は嬉しかった。あの時お前は、黒の部族だった。前のナク・クロッセスを倒したお前はその名を名乗る権利がある。だから間違いなくあの時、お前は我らのナク・クロッセスだった」
それは別に意図したモノではなかったから、セイネリアは僅かに驚いた。だがここでまた、かつて師が捨てた名を一瞬とはいえ与えられたとは面白い運命の皮肉という奴だと唇に笑みを乗せた。
珍しく少し感傷的なセイネリア。彼なりの師への礼のようなものかと。
次回は宴会終わって今回のメンバーのある一人との話。




