表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の主  作者: 沙々音 凛
第十一章:冒険者の章八
529/1199

111・ワーゼン砦の戦い

 ワーゼン砦を遠くに見て、セイネリアはエーリジャに聞いた。


「で、大弓を使えそうなのは何人だ?」

「俺も入れて10人ってところかな」

「思ったより多いな」

「ラギ族がいるからね。彼らはもともと弓を使って狩りをする部族だ」


 現在の蛮族側の人数は50人程。それを突撃部隊30人、後衛部隊20人に分けている。セイネリア達は今回は後衛部隊の方につく。


「それだけいれば十分だ、いくぞ」


 セイネリアが傍にいる黒の部族の男に言えば、彼が手を上げたのに合わせて先頭の一団が大きく空に向かって吼える。それが合図で蛮族達は砦に向かって走りだした。


 大した人員を配置していないクリュース軍の砦でも、ちょっとした蛮族の襲撃なら簡単に退けられるのは弓矢を防ぐ魔法職が必ず一人はいるからだ。蛮族達の矢は悉くとどかず砦からの矢は遠くまで届く……となると、弓の戦いだけで蛮族達は大きなダメージをくらうことになる。

 ならばと完全守りの陣で砦に近づいたとしても、砦の上にいる兵に矢がくる脅威がない段階で上からの攻撃で結局ほぼ潰される。


 セイネリアは魔法使いケサランから、魔法で矢を防ぐ方法について聞いたことがあった。大きく分ければ風で吹き飛ばす方法と空間魔法で矢を別空間へ飛ばしてしまう方法があって、それぞれに弱点はある。

 事前情報から今回ワーゼン砦にいるのは風の神マクデータの神官だということが判明していた、ならばそれにあったやり方を使うだけだ。


「ーー!! xxxx!」


 先頭軍団が叫ぶ、砦から矢が飛んでくる。そこで蛮族達は走るのを止めて矢避け用の大盾を上に構えた。陣形を密集させ、少し屈んで盾で防御を固めながら進む。だが後衛部隊は途中で一度足を止め、弓役の者達が盾役達の合間から矢を放ち出す。ただし先程エーリジャが言っていた者達はまだ大弓を使わない。


 上空を風が舞う。砦からこちらへ向けた風は砦に向かう矢を吹き飛ばし、蛮族達の上に砦からの矢を降らせる。けれど矢は盾に防がれて蛮族達に被害は出ない。この体勢だと進行速度は遅くなるがそれでも矢から身を守る事は出来る。

 砦からの矢は続く。

 蛮族達の矢も多く放たれているが砦には届かない。けれど、セイネリアは僅かに口元を歪ませた。矢は確かに吹き飛ばされているが、飛ばされた矢は大抵砦の壁に当たって落ちている。大きい距離を跳ね返す程の強い風は使われていない。……強い風を使いすぎると味方の矢が飛び過ぎてこちらに当たらなくなるからだ。後衛部隊さえ止まりながらも少しづつ前進しているため、風が強いと味方の矢は蛮族達の頭上を通り越してしまう恐れがある。


 それでもクリュース軍にとってはそこまでは想定内の出来事ではある。

 敵に接近されて壁下に来られたら、直接下を狙うかモノを落せばいいだけである。


 そこで、蛮族の先頭部隊が砦前についた。

 声が上がって、壁を上るために鉤爪かぎづめつきの縄が次々に投げられる、それが合図だった。


 当たらない矢を放っていた弓部隊の中、大弓持ちの連中が弓を持ち替える。矢も重めのモノに変えて、大弓を使って撃ち始める。途端、砦から悲鳴が上がる。下の連中にモノを落してやろうと身を乗り出していた兵達が矢に倒れ、数人が落下して命を落す。何が起こったのか分からない砦兵達は混乱する。敵の矢は防げるものと安心しきっていた連中はすぐに対応できない。


 勿論、風魔法を使う神官は急いで風を強くしようとした。

 けれどすぐに調整が出来ず大弓の矢を跳ね返す程の強い風に切り替えられない。おまけに当然味方の矢は飛び過ぎて蛮族達の頭上を通り過ぎていく。矢が来ない事で大弓の連中が隠れずに思い切り矢を連続で放ち始める。

 一人、また一人と、壁の上の砦兵が倒れ、または慌てて逃げて下がったことで壁の上は無人になった。それで向うからの矢は完全にこなくなったが、暫くすれば風が強化され、大弓の矢でさえ届かなくなる。

 ……とはいえ、その時にはもう遅い。それだけの時間があれば蛮族達は壁の上にまで上がる事が出来る。


 最初に2箇所で蛮族が一人づつ壁の上にまで登り切った。

 おそらく矢を恐れて下がっていた連中が多かったか、もしくはもともと壁の上の兵が多くなくその大半が負傷したせいか……ともかく、上った蛮族達に周囲の兵が一斉に襲い掛かった様子はなく、聞こえてきたのは蛮族達の吼える声とクリュース兵の悲鳴だけだった。


 上で防ぐ者がいなくなれば次々と蛮族の突撃部隊は壁を上って砦の中へ入っていく。普段まず攻撃を受けないこの規模の砦なら多く見ても兵は40人程度だ。聞こえてくる音が蛮族側の悲鳴に切り替わる事はなく、突撃部隊の大半が登り切った段階でほぼ決着は付いたとセイネリアは思った。

 中では恐らく蛮族達によるクリュース兵の殺戮風景が広がっているのだろう。復讐という名目で動く彼らが命乞いに応える筈はない。簡単に追い返せるだろうといつものつもりでいた連中では、最初から殺す気の蛮族相手にすぐ対応は出来ない。


 クリュース兵の優位点といえば魔法だが、ほとんどが三十月神教のどこかの神の信徒であるから何かしらの魔法は使えるとはいえ、大半はアッテラで軽い肉体強化が使える程度である。それも敵が次から次へとくると掛け直しが出来ないから、普通は突撃時にしか使わない。あとも大体、敵がいる状態だと魔法を使う暇がないので、余程使い慣れている者でないと乱戦では意味がない。


 勿論、魔法使いや神官レベルになれば戦況に影響を与える魔法も使えるのだが、そういう連中がわざわざ軍に入る事はまずない。王命で出す軍ならそういう連中も揃えられるが、砦に常駐させておけるのはせいぜい矢避けの魔法職と、他にレイペかリパ神官が居ればいいところだ。この規模の砦では最低限の矢避けの魔法職以外はまずいないだろう。

 だがその矢避け役も、風が止んだのを見ればどうやら殺されたらしい。後衛集団の連中からは、風がなくなったことで勝利を確信した声が上がった。


――運がなかったな。


 砦からは火が上がっていた。砦の裏門が開く。馬に乗って数人は逃げ出したようだがそれ以外は全員殺されたと見るべきだろう。続いて出てきたのは蛮族達だけで、彼らの上げる勝利の声が辺りに響く。


 蛮族達に教える気はないが、この砦を落したところでここは騎士団の管轄でザウラ領には当たらない。直接的にはザウラに被害を与えた事にはならない。けれど、ここを守る騎士団に被害が出る状況になったらザウラ側は無視をする訳にはいかず、支援をしなくてはならないことになっている。


――さぁスローデン、ここからどうする?


 燃え落ちる砦をセイネリアは表情のない琥珀の瞳で見つめ、そう唇だけで呟いた。


クリュース側、いつもは蛮族がきてももっと少数だし、風を味方にしてちょっと矢を飛ばせば楽勝で追い返せてたからパニックになっただけではあるんですけどね。

ちなみに実際の砦にいた兵は30人ちょいくらい。

次回はこの報告を受けたスローデン側の話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ