109・やっぱり君は
ザウラ領主からの公式発表に『蛮族の襲撃があった』とだけしかなかった時点で、セイネリアとしてはまさにほくそ笑む状況となった。
これで向うはディエナとザラッツがどうなったかをこちらが公表するまでヘタに次の手を打てなくなる。あくまで先手を取りたいのなら、ここはさっさと彼らを逃がしてしまったと言ってしまえばよかった。しかもグローディは蛮族と手を組んだと決めつけてしまえば一方的にこちらを悪者にすることができただろう。
ただそうしなかった理由は簡単ではある、ザウラは出来るだけ戦争をしたくないのだ。
だからこちらを悪役認定してさっさと向うから戦端を開く……という手は使わない。被害者面をして相手が悪くなるように裏工作をした上で、王や周辺領から制裁される前に手を引け、とやりたかった。
ただそれには自分の方が正しいと主張出来る明確な証拠か、相手がへたに手を出せない理由――ディエナのような人質――が必要だった。
「何故すぐにディエナ嬢とザラッツをグローディに返さなかったんだい?」
エーリジャの問いにセイネリアは顔を向ける。
二人が今いる場所は、ラギ族の村、例の集会所の建物……ではなく、その近くにあった小さな建物の方だ。この中には二人しかいない。
あの襲撃の翌日、セイネリア達は行きと同じく蛮族達と、今回はセイネリアとザラッツ、ディエナ達も転送を使って、他は普通に商人のふりをしてクバンの街を出た。やはり今回もグローディ方面とは反対側となる北へ向かう商人には比較的検査が厳しくなく、街を出る事にさほど苦労はしなくて済んだ。
そうして、ディエナ達一行とザラッツ、ガーネッド、ネイサー、エデンスは途中のザイネッグの村へ置いて、蛮族達とセイネリア、エーリジャは出来るだけ急いでここラギ族の村まで戻ってきたという訳だ。
現在、まず蛮族達だけでの話し合いをしている最中で、セイネリアとエーリジャはそちらである程度話がまとまるまで待っているところだった。
「理由として一つはこっちに戻るのを出来るだけ急ぎたかったから彼らをグローディに戻すのは後回しにするしかなかったんだが……もう一つの理由はザウラ卿をじらすためだな」
「……え?」
エーリジャが目を丸くする。別に冗談ではないんだが、と思いながらセイネリアは苦笑した。
「ザウラとしては、ディエナとザラッツが手元にいなくてもグローディへ戻れなければ……出来れば戻る前に捕まえられれば、今でも彼らはこちらの手にあるという脅しが使える。だから彼らが逃げた事は公表しなかった。とはいえ所在が不明の段階でどうなっているのか分からないからヘタに強気に出られない。結局は逃げた彼らがどうでるか、もしくは無事捕まえられるかしないと次の手に出られない訳だ。ザウラ卿はそれなりに頭がキレるからな、状況が動けば対応を考えるだろうが、ひたすらその状況が動くのを待つしかないというのは相当のストレスだろう」
どうやってもこちらの出方を待つしかない、という状態でどこまで冷静でいられるか――じらすだけじらして動かす時は一気に、対応させる間もなくというのがセイネリアの計画だ。
「それは……ザウラ卿がミスをするのを待つということかな?」
「別にミス待ちではないな、してくれなくても問題ない。勿論してくれれば思うツボだが」
エーリジャは顔を顰める。セイネリアは喉を揺らして笑う。
「どちらにしろ、敵に精神面でストレスを掛けていくのは勝負の基本だ」
赤毛の狩人はそこで盛大なため息を吐く。勝負ね、と呟きながら。
「若くて自分に自信がある奴は特に、思い通りになっていたものが急に躓くと苛立つものさ」
「若くて自信があるなんて、まさに君の事なんじゃないかな?」
「そうだな、まったくだ」
エーリジャの嫌味にセイネリアは喉を揺らす。考えればスローデンは自分より年上だと思うと更に笑える。
けれど言ってきた本人であるエーリジャは笑っていなかった。
いや、笑ってはいたが、それはあくまで作った笑みだ。そうして、その笑みのまま、彼は更に言ってくる。
「でも君は、自分の思い通りにならなくても楽しそうに笑うじゃないか」
どう考えても彼が自分を非難していることは分かっていた。彼が何をそんなに怒っているのか、それも大方分かっているつもりだった。
「それは簡単な理由だ、俺の場合は失うものがないから状況を気楽に楽しめる。だがスローデンはなまじ地位があるだけに失いたくないものが多すぎるのさ」
言えばエーリジャは、笑みを悲しそうに歪ませて呟く。
「やっぱり君は、寂しい人間だね」
次回は本格的に戦闘が始まる前のお話。
ちなみにエーリジャだけ連れてきたのは一番足手まといにならない+ラギ族と特に仲いいから、という理由です。通訳だけなら黒の部族の男に付きまとわれているのでそれで間に合う状況です。




